お願いだから、今すぐひとりにしてほしい。今の私を、先輩にだけは見られたくない。これ以上幻滅されたくない。

「申し訳ないですけど、今日はひとりで行ってください」

 深々と頭を下げて、先輩と目を合わさず通り過ぎた。

 引き留められなくてよかった、でも、引き留められたかった

 声をかけてくれて私の様子に気づいてくれた、でも、気づかれたくなかった。

 相反する感情が同時に存在している。それが混在して、頭の中がぐちゃぐちゃになる。そのせいで、靴箱に向かうつもりが教室に向かっていることに階段にさしかかってからやっと気がついた。

 なんてバカなんだ、私は。

 けれど、まだあそこには戻れない。先輩がいるかもしれない。この状態でもう一度顔を合わせたら、今度こそ見栄を張れなくなってしまう。私のままで、凌げなくなる。私じゃないなにかになってしまう。
 もうすでに、涙腺が爆発しそうなのに。

 耐え忍ぶ場所を探さなければと、校内を歩き回り、階段の踊り場で足を止めた。昇降口に一番遠い階段で、なおかつ最上階。まだ校舎に残っている生徒はいるけれど、ここを行き来する人は少ないはずだ。
 階段に腰を下ろし、ずっと息を止めていたかと思うほど今の自分が息を切らせていたことに気づく。はっは、と荒い呼吸でうずくまり、目をつむる。

 私の言動に、きっと先輩は不信感を抱いていることだろう。

 でも、私は気づいてしまった。

「……私って、卑怯だ」

 惨めな気持ちを、先輩のせいにした。

 先輩がやさしくなければ好きにならなかったのに、と。

 振り返ってみると、いつだって私は相手の出方に合わせていた。告白されたから、つき合った。やさしいから、好きになった。フラれたから、別れた。

 関谷くんに関して言えば、私は、つき合う前から彼のことをいいなと思っていた。でも、告白されなければつき合うことはなかっただろう。私から告白するなんてことは、考えもしなかった。

 デートに誘うのもいつも相手からで、私はそれに対して、いいよ、とかここはどう、と答えていただけだ。けんかをしなかったのも、気持ちをぶつけていなかったから。気持ちを添えることなく、正論だけを口にしていた私は、たしかにかわいげがなく、キツく、相手への想いなんて伝わらなかったに違いない。

 けれど、好きだった。

 じゃあどうして、好きな人からの別れをすんなり受け入れることができていたか。いつも、「わかった」だけの短い返事しかしなかった。

 悲しさはあったし、怒りもあった。

 でも、諦めのほうが大きかった。諦めは納得とも似ている。

 もしも希美や優子が、米田くんや瀬戸山に『かわいげがない』『キツイ』『僕のこと好きなのかわからない』なんて言われたら、優子なら怒るだろう。希美なら、悲しむはずだ。

 けれど、私は諦めた。納得した。