きっと、先輩には気づかれてしまうから。私に〝なにかあった〟と悟られてしまうから。そうしたら先輩はきっと、私に手を差し伸べてくれる。

 マフラーを鼻が隠れるほどに引き上げてから、くるっと体ごと先輩に向ける。

「本当になんでもないんですよ」

 にっこりと微笑んで、高い壁を先輩とのあいだに作った。

 ――けれど、そんなものは通用しない。

 先輩はいとも簡単にそれを乗り越えて、私の手をつかむ。

「今から帰るところだろ?」

 けっして離さないと、先輩の手が言っていた。氷のように冷たい手に、身動きが取れなくなる。ちょっとやそっとの力では、振り払えない。

「せっかくだから、一緒に帰らないか?」

 先輩に、もう助けられたくないのに。

「今日は残念なことにお菓子を持ってないんだよな」

 もう、私は勘違いしたくないのに。

「見てもらいたいものもあるしさ」
「やめてください!」

 私の声が、冷たい空気の中にぴんと張り巡らされた。

 その直後、あたりがしんと静まりかえる。さっきまで生徒が行き交っていたはずなのに、今は誰の姿も見えなかった。

 前まで光が当たっているように見えた先輩の姿が、モノクロになる。色がうしなわれる。むなしさが、そう思わせるのだろうか。

「こういうこと、誰にでもしてると誤解されますよ」

 先輩の手が緩んだのを見逃さず、するりと自分の手を引き抜いた。半歩後ろに下がり、視線を先輩の足下に落とす。

「誰に? 別に誤解されても困ることはないだろ」
「私が、困るんです」

 こういう、思わせぶりなことをされると。

 勘違いしたくないのに、勘違いだとわかっているのに、それにすがりつきそうになる。そして、落胆する。

 私のことが好きじゃないなら、かまわないで。

「なにをそんな意固地になってんの?」

 先輩の声は、いつもより低く感じる。どんな表情で私を見下ろしているのか確かめるのが怖くて、目を伏せたまま耳を傾けた。

 だって。

「別に思わせぶりなことをしてるつもりはないんだけど」
「……そうですね。でも、私は、いやなんです」

 先輩がそんなふうに接するから、勘違いをしてしまったのだ。

 先輩が私のことを好きかも、なんて思わなければ、私は自分の気持ちをけっして認めたりしなかったのに。
 そう思った瞬間、中庭の草木をカサカサと鳴らしながら、風が近づいてきた。そして、わたしたちのあいだを通り抜けていく。

 まるで、私の頭を冷やすように。

「まあちょっと落ち着け。意味わかんないからさ」

 呆れたような声に、体が小さく震える。

 いやだ、もういやだ。めちゃくちゃだ。

「とりあえずついてきてほしいところがあるんだけど」
「いや、です。無理、なんです」