無言でいる私に、関谷くんが申し訳なさそうに眉を下げる。

「も、もちろん生徒会の仕事に影響はでないようにするから」
「それは心配してないけど」

 関谷くんがそんなことをするタイプじゃないことくらい、知っている。私とつき合っているときも、彼はそれを徹底していた。もちろん、私も。

「なんか……元カノと今カノがいるっていうのもやりにくいかもしれないけど」

 そのセリフに、やっと関谷くんの意図を理解した。

 私を気遣ってくれていたのだ。

 言われてみれば、たしかに微妙な関係かもしれない。でも、私と関谷くんのあいだにはなにもない。友だち、とはちょっと違うけれど、それ以上の関係も感情も私たちはお互いに抱いていないことは明白だ。

 どちらかといえば、佐々木さんのほうが心配だけれど。

「大丈夫だよ、そんなの。言われるまで気づかなかったくらいだし」
「相変わらずあっさりしてるなあ……」

 私の返事に、なぜか関谷くんは気落ちしたように、肩を落とした。

 このくらいあっさりした返事をしたほうが関谷くんも楽だと思ったけれど、違うらしい。こういう微妙な感情を読み取るのが私は苦手だ。

「でも、そういうところが松本らしいよな。おれが考えすぎてるだけなんだろうけど、一応言っておこうと思っただけだから、気にしないで」
「ありがとう」

 その気持ちはありがたいので、素直にお礼を伝えた。けれど、なぜか関谷くんは口の端を持ち上げて頷きつつも、どこかさびしげだった。

 どうして私は、彼にあんな顔をさせてしまったのだろう。つき合っているときから彼はあんな表情をよくしていた気がする。

 私に背を向けて歩いていく関谷くんを見つめる。それは、曲がり角で見えなくなった。そして、別れのときも彼は同じように苦い笑みを浮かべていたかもしれない、と今になって気づく。

 言葉足らずだった。

 つき合っているときも、別れのときも、そして、おそらく今も。

「江里乃ちゃん」

 背後からの声に、体が飛び跳ねる。

「なんかあった?」

 振り返ると、二ノ宮先輩が私を見下ろしていた。真後ろにいたのに、声をかけられるまで気づかなかった。

「なんでもないです」

 目をそらしてはっきりと答える。先輩の双眸に、今の私は映りたくない。

 どうしてこの人は、いつも同じようなタイミングで私に話しかけてくるのだろう。特に今は、顔を合わせたくなかったというのに。

「なにか言われた?」
「……いつから見てたんですか」

 先輩の質問は、さっきまで関谷くんと私が一緒にいたのを知っているからこそだろう。先輩の答えを聞く前に、もう一度「なんにもないですよ」と繰り返す。

「なんでこっち見ないの?」
「別に、深い理由はないです」

 先輩に見られたくないし、先輩を見たくもない。