そしてまた“葉月だけだから”なんて分かりやすく安心させるためだけに言葉を紡いで、優しく唇を重ねて。

けれど私は、そうやって私を絆したつもりでいる彼が、そんな時でもiPhoneの通知を気にかけていることを知っていた。


「また行くの?」
「今日は早く帰るから」



今出ようとしている時間だって、世間に言わせてみれば十分に遅い時間帯だと思うけど。

だってもう、電車さえも走っていない。



「電車はどうするの」
「歩いていくよ」



歩いてまで行くほど、大切な用事?

咎めてしまうだけの棘ついた台詞を何度か反芻させたあとに飲み込んで、私は彼を見据える。



「……ん? 何か言いたいことでもある?」



言いたいことしかないんだけど。出来れば言わせないで欲しいその言葉たちは、自分だって私に言われると不都合な言葉たちのくせに。

彼の口先から出る優しいだけの言葉たちはいつも後先を考えていない、その場をくぐり抜けるための口実に用意される道具たちだ。



「不満があるなら話してって言ってるでしょ? 遠慮しないで?」



口を噤んで生み出した私の沈黙の真意に気がついていながら。やけに優しい彼氏ぶるその口調に、結局私は絆されてしまったフリをする。

だってこんなの、あまりにもずるい手口だ。