鏡台の前でサッと髪を梳くと、髪を一つに括る。
そして出したままにしてあった白銀の簪を挿す。
しゃれっ気の無いアタシの唯一のお洒落とでも言われそうだが、そうでもなく、単に母親の形見であるそれをつけるのが日課になっているだけのことだった。
身支度を整えて戻ると、タキがカウンターに座って待っていた。

「待たせたね。さぁ食べようか」

普段は人のざわめきと、蝋燭の頼りない灯りの店内だけれど、タキと二人きりだと静かで、そして窓からさす明るい光がどことなく雰囲気を変えていた。

「今日は街に買い出しに出るよ」
「じゃあ荷物持ちに付いていくよ」
「ありがとう。食べたら出ようか」
「あぁ」
「帰ってくる頃にジェイムズとマリィが来るだろう。そしたら音を合わせようか」
「了解した」

食事をしながら今日の予定を組み立てる。

「うん、今日のご飯も美味しいね」

ありがとう、と礼を言うと、はにかむように笑うに留めた。


タキがこの街、この店に来てから三週間が経っていた。
三週間。
その間に、いくつかわかったことがあるけれども、未だわからない事の方がはるかに多い。
特にタキは自分のことを話すことを避けているようにも思えた。

「さて、行こうか」

店の裏手側、つまり居住区側から外に出るとそこは大通りから外れた通りになっていて、ちょうど日陰になっている。
ここ数日は晴れた日が続いている為、お天道様の温かな日差しでいくらか雪も解け始めていたけれども、こんな裏通りの影になった道端では雪の残像が、春はまだかと凍えている。
そんな様を見て、当然のことながら春はまだまだ当分先のことだと苦笑した。

表通りに向かい、並んで通りを歩く。
この辺りは漁師たちの住宅や技工職の住宅兼工房が多く、この道を通り抜けると海に面した漁港が広がっている。
そこでは市がたっていて、新鮮な食料が手に入るのだ。
今日の主なる目的は食料品なので、市を目指し歩き進めると「おはよう、カレン。おはよう、タキ」とアタシ達に気づいた街の皆が声をかけてくる。
タキは街の人ともすぐに親しくなったようで、今日に限らず買い物に出れば道行く人々に挨拶をしつつ、小さな世話を焼いているようだ。
人当たりの良いタキはこの街にもよく馴染んでいた。

長らく一人旅を続けているタキは知識が広く、手先も器用だった。
技工士達がタキが持ってきた植物や鉱物の特性だとかおそらく、地域特有の使い方なんかを物珍しそうに聞いていたのが印象的だった。
また自警団なんかと手合わせをすることもあったようで、体術にも長けているのでは無いだろうか、との意見は街の男衆の意見だ。
確かに女のアタシから見ても身のこなしは軽く、踊りを覚えさせたら良い踊りをするのではないかと思うが、如何せんタキは自分が踊ることには全く興味を示さなかった。

「踊ってみたら良い線行くと思うんだけどねぇ」
「勘弁してくれよ、カレンさん」

と、一度誘ってみたことはあるものの苦笑混じりに返されて終わった。