アタシが踊り終えた後の店内は雰囲気が一変して、がやがやと騒がしく喧騒にあふれる。
夜も深くなってきたので、子連れだったレイの一家は既に帰ったようだ。
今は大人たちが酒を酌み交わしている。
グラスを鳴らす音に、上品とは言い難い大きな笑い声があちらこちらのテーブルから聞こえてくる。
静かに佇んでいるのはアタシがさっきまで踊っていたステージと鳴らないギターだけだ。
その静かさに負けず劣らず、ゆったりと静かに1人飲んでいた男に声を掛けた。
ゆっくりとこちらに顔を向けるが、優しい顔立ちをしている。
外套を外した今は少し伸びた黒い髪が顕になっていて、その髪と同じ黒い瞳が印象深かった。
この辺りでは黒髪黒目というのは珍しい。

「いらっしゃい、お客さん。ここいらじゃ見かけない顔だね。旅の人かい?」
「あぁ、流れの旅人だよ。君は踊り子さんかな?良い踊りだったね」

ニコリと笑うと屈託のなさが顕著になるようで、下がった目尻の端に皺が寄るほどだ。

「ありがとう。アタシは踊りもするけど、この白薔薇の店主だよ」
「へぇ。いい店だね」

取ってつけたように褒められるが嫌な気がしない。
不思議な男だ。
アタシは片眉を上げて表情だけで応えると男は言葉を続けた。

「夕方に街に入ったけれど、良い街だね」
「街?」
「もちろん、君も」

街の善し悪しなどすぐに分かるものだろうか?
この街からほとんど出たことのないアタシには分からず、疑問符を落とすと、気を悪くしたと思ったのか上手くもないお世辞を返された。
きっと根が素直なのだろう。
それを受け入れ、アタシも素直に疑問を呈すことにした。

「そうだろう。……それにしても、来たばかりで街の善し悪しが分かるもんかい?」
「あぁ。長く旅を続けていると分かるよ。夜半にも関わらず、店は繁盛。さっきは子どももいただろう?子どもが夜に出歩けるなんてそうあることじゃないさ。ここに居る人の顔も悪くない。そしてなにより、酒も料理もうまい」

ニッと笑って言うこの男の存在は、この街に新しい風を運んできたようにも思える。
アタシは嬉しくなってうんうんと頷く。

「おぉ、カレン!さっきの踊り良かったぞ~」

彼と話していると、酒に気分を良くしたのか顔を赤く染めた客が陽気に声をかけてくる。

「ありがとう!」

店内の喧騒に負けじとお礼の声を上げると、満足げに笑い、また連れと酒を飲み交わしている。
アタシは見慣れた光景に、慣れた仕草で店内を一望するとどうやらみんなすっかり出来上がった様子で、もうあと1時間もすればお開きになるだろう頃合いが見て取れた。
この街の人々は皆、信心深く、深夜を回って外出すると災禍に見舞われると信じているため、店の開くのも早く閉まるのも早いのだ。
彼はその光景をゆったりとした笑みで見つめながら酒を飲んでいる。
アタシはもう一度彼と向き合い、自分でも珍しいと思える言葉を口にした。

「いつまでこの街にいるんだい?」
「まだ決めかねてはいるけれど……、しばらくはここにいるつもりだ」
「そうかい。まぁ気に入ってくれたのならゆっくりして行きなよ、旅の人」
「あぁ、ありがとう。そうするよ。……この街は、居心地がいい」

その言葉に満足すると、にっこりと笑う。
口にはしないが、小さな小さなこのやり取りだけでアタシはまだ名も知らない彼を信に値すると感じていた。