「この街に黒髪の黒目の流れ者は来てはいないか?」

それは突然の来訪だった。
コーヒーを飲んで、落ち着いた時間を過ごしていた時のこと。
街がざわついているのを店の中からでも感じた。

「隣国からのお尋ね者だ!黒髪、赤目の殺人鬼がこの街の方へ行くのをみかけたらしい。何年も追い続けているが捕まらぬ。報奨金を出すから、見かけたものはただちに知らせよ!」

路地に出ている人の群れにめがけ、衛兵は声を高々と上げて通達する。
家の中にいるアタシ達にも聞こえるほどの、大声で。
アタシ達は顔を見合わせると、声がよく聞こえるように、そっと扉の方へと近づいた。

ついに時が来たのだ。
幸せが崩れる音と通達の声は同義だ。
アタシは静かに目を閉じた。

衛兵の通達する特徴に、街の人々の頭には一人の青年が過っただろう。
彼がこの街に来たのは一年も前の事だけれど、その特徴に当てはまる者がこの街にはいる。

“黒髪の流れ者”

―――だけど彼は黒目だ。
きっと瞬時に、街の人々はその考えで、タキがそれとは打ち消してくれるはず。
黒髪だって珍しくはあってもタキしかいないわけでもない。
そもそも今更だ。
赤い目の殺人鬼の噂話など何ヶ月も前に駆け巡った。
あの時みんなはタキのことなど微塵も疑ってはいなかった。
けれど噂話とは違う、正式な通達ならば特徴もより詳細に伝わるだろう。
アタシ達は、じっと、堪えるしかない。

「年の頃は29。普段は黒目だが、満月の夜にその瞳は赤くなる。やつは怪しい獣か鬼の類かもしれない。……人の皮を被った、殺人鬼だ」

隣国の使者、と名乗る者が凛と通る声を出す。

その言葉を聴いた時“もう、ダメかもしれない”と、アタシはぐっと唇をかみしめた。
タキも同じことを思ったのだろう。
黒髪は珍しいが居ないわけではない。
黒目も同様だ。
だが、黒髪で、かつ黒目となるとそれは飛躍的に絞られる。
みんなの脳裏にはタキが思い浮かぶことだろう。
タキはうつむいて、肩を震わせている。

けれど、アタシ達の耳に届いたのは、意外な言葉だった。

「そんな輩は知らないわね。この街には流れ者なんてたくさん居る。黒髪黒目の者もそりゃあ居るさ。それについては否定しないよ。けどね、その黒髪黒目は殺人鬼なんかじゃない。むしろ心を洗うような音を奏でる音楽家、ギター弾きさ」

この声はマリエおばさんだろうか。
周囲からもそれを肯定する様子が伺えた。
今、この街には特徴が当てはまるのはタキしかおらず、そうでなかったとしても疑ってしまうのが人というものだろう。
まして殺人鬼などと、恐ろしい者が近くにいるとなれば、怪しい人物が居るとしたなら。
アタシは事情を聞いたけれども、街のみんなはタキの事情など聞いていない。
それにも関わらず、タキを信じてくれている。
ともすればそれはある意味でとても危険なことなのかもしれない。
けれど、仮に、タキが本当に犯罪を犯してしまったとしたならば、人の道を正しく諭し、叱ることができる人たちだ。
そんな人たちからの信頼を確かにタキは得ていたのだ。