タキを追ってくるものは未だこの街には現れない。
ピリピリとしていたところで仕方がないし、アタシ達はいつも通りの日常を重ねた。
タキはあの後すぐにでも出ていくのではないかと思っていたけれど、意外にもそんなことはなくまだこの街に残っている。
追手から逃げるのならばすぐに発つのかと思ったが、タキ曰く「噂が流れた程度で似たような特徴があるものがすぐに逃げたらそうですと言っているようなものだろう?」などと、もっともらしく言う。
しかし追手が迫ってから逃げるのならばそれこそそうであると言っているようなものではないか?という疑念は“一緒にいたい”という至極個人的で我儘な私情に淘汰される。

「それにしても随分湾曲して話が伝わったものだね」
「権力の前では白いものも黒になるって、いい例え話だよ」
「アンタはただ……」

生きているだけなのにね、と、タキ本人に言うことが良しとは思えなくて途中で言葉を区切った。
それでもタキには伝わってしまったようで、苦笑している。

「例え俺は誰も殺してなくて、なんて本当の話をしたところでもみ消されてしまうのがオチだからね。俺の命が尽きるのが早いか、捕まるのが早いか、それともあっちが諦めるのが早いか。できれば諦めてほしいけど」

そうしたらここにずっと居られる、と言いたいのだと都合よく捉える。
その会話をして以降、追手の話をすることは無くなった。

いつしか時は流れ、季節は巡っていた。
隣の国の噂は、ぐるりと街を駆け巡ったけれども、目新しい情報もなく、徐々に憶測さえも飛び交うことが無くなっている。
寄港した船が再び海へと繰り出したのも、もう二月も前のこと。
若々しく咲いていた木々も、草花も。
後世へと実を結び朽ちていく。
枯葉の季節が過ぎ、そして―――……


「あぁ、雪が降ってきたね」

タキは裸のままの体を起こし、窓の外を見ながら呟いた。
タキの体に引きずられた布団が私の体から離れ、何も身に付けていない背中に風が入り込むと、無意識にぶるりと身動ぎする。

「サムイ」

うつ伏せたまま抗議すると、ごめんごめん、と笑いながら布団を引き上げる。
黒い瞳に、黒い髪。
象牙色の肌、引き締まった体躯。
タキ、という人物を。
ティン・クレイという人物を、今。
とても愛おしく感じる。

もうすぐ、タキがやってきてから、一年。
今年の初雪が季節を連れてくる。
今年もまた深い深い雪の季節が、訪れようとしていた。