タキが過去を話してくれたことに誠実でありたい、なんていうのは薄ら寒い建前でしかなくて、言わなければ心苦しくて押し潰されてしまいそうだったからだ。
『アタシの祖先はね、白の魔女なんだよ。この街の皆が歌っている赤魔女の恋の歌があるだろう?あの歌はただの物語じゃあなくてね、昔々に本当にあった事なんだよ』
唐突に話しだしたアタシに、ぽかんとしていたけどタキはそのまま話を聞いてくれた。
『信じなくてもいいさ、お伽話だと思って聞いておくれ。……昔々、この街に仲の良い姉妹があった。姉妹は巫女としてこの街で仕えていた。舞の上手な妹は自由で、神の気を感じることが敏かった姉は物静か。巫女として仕えていたのは二人だけではなかったけれど、神の御力を伝えるのが長けていた二人は他からも覚えがめでたく、神事の際には白の衣装を身につけることから“白の魔女”と揶揄されるようになった』
この話を知るのは、今では唯一アタシだけだ。
白魔女と赤魔女の話はそうやって口伝で伝わってきたから。
『人前で神の気を読む事などそうそう有ることではなかったが、ある時、姉は自分の意志とは無関係に神が降りた。それは年の初め、巫女たち皆で祈りの舞を捧げた時だった』
今もこの街に残る風習、年始の舞。
それはかつて、この街の巫女皆が行っていたものだった。
『姉は神の気を感じる時にその瞳を赤く染め、その身から放つ光で、纏う衣装も赤く染まったようだと巫女たちの中では噂だった。それは巫女たちの間では有名な話ではあったが、しかし、民衆は初めて見るその姿を“不気味”なものだと感じたそうだよ。得てして人は人外の力をその目にした時、恐れをなすものだ。それが物の怪であろうと、神であろうともね』
身につまされるようにタキの瞳が揺れた。
アタシはそれに気づきながらも言葉を継ぐ。
『また、普段からその力を妬ましく思う巫女も少なくなかった。所詮人の性だね、自分より秀でるものを素直な心で認めるのは難しいものだ。実力だろうが真実だろうが、人の目の数だけ真実の形は違う。二人の姉妹の力を妬ましく思った者にはその真実は“依怙贔屓”だったんだろうね。……そんな悲しい顔をしなさんな。タキは本当に優しいね』
かつての話に想いを寄せる優しい人。
優しいのだ、皆。
タキも、白魔女も、赤魔女も。
『ある時にそのうちの誰かが言い始めた。あれは神の気ではなく、赤い魔女の呪いだ、と。その噂はたちまち市井に広がることとなる。その目で赤く染まった瞳と衣を目視していた民衆達が信じるのはそりゃあもう早かった。そんな折だ、姉と金の瞳の狼とが出逢ったのは。まことしやかに囁かれたその噂に真っ向から立ち向かう事をせずに逃げることを選んだ姉はそっと、街を出ていった』
誰にも、告げずに。