この時はまだ、と言う一言に引っかかりを覚えたけれど、続く語りにそんなことはすっかり忘れてしまった。

「『いたぞ、やれ!』その一言、だった。それが全ての始まりで……そして、終わりだった。土足で上がってきた二人の男たちに、真正面から刀を振るわれて、かろうじて逃げたけれど、必死で家の中を走り回った。おかげで家の中はぐちゃぐちゃだった。でも到底大人の知恵や力に所詮まだ子供が適うわけがなくて、背中に刀を一振り、二振りと浴びたよ。ただでさえぐちゃぐちゃだった家が、自分血で赤く汚れていくのが見えた。応戦しようにも、家の中にある物と言えば、ギターに机に椅子、食器、かろうじてあったのは包丁。手を伸ばして掴んではみたけれど、二人組の大人の男相手になんてなるはずもない。おまけに出入り口側をふさがれてしまっては逃げ場がない」

「……」

言葉を発しようにも喉に支えて何も出てこない。

「ガンガン、と、激しい音を立てて威嚇しながら男たちは攻め立ててきて、ガクガク震える手で持った包丁で必死に応戦しようとするけど、自分の身に振ってくる刃を交わし、相手の手先や足にかすらせるのがやっとのことだった。故意に人を傷つけるという行為に吐き気がしたけれど、その時はただただ“生きる”ことに必死になって、体の痛みは麻痺していた。とはいっても体力も何もかも上の二人の男には当たり前だけど結局敵わなくて、ニヤニヤ笑った眼鏡に捉えられて、もう終わりだと諦めた時だった。家の中へと血相を変えて入ってくる両親、そして兄さんが見えた。助かったと思ったのか、逃げてと願ったのか、正直覚えていないんだ。だけど、これで助かった、なんて思ってしまっていたら、それはもう、本当に化け物……鬼の所業だと思うよ」

苦笑いをするタキをただ見つめて、続くの言葉を待つ。
ため息とともに瞳が暗く沈んだ気がした。

「男たちが舌打ちしたのを、なんだか妙に覚えているよ。眼鏡は俺を捉えたまま飛び道具で両親と兄さんを狙っていたし、髭は刀で襲いかかっていた。俺はそれを見るしかできなくて、逃げようともがいても逆に顔を殴られた。霞んできた視界で、父さんが薪割用の斧を手に取って応戦しているのと、兄さんが母さんを守る盾になっているのが見えたよ。人数では勝っていても、戦いに慣れていない者と、戦いに慣れている者。そして人を切ることに躊躇いのある者と、躊躇いのない者の違い。決着がつくのに時間は大してかからなかった」

話を聞いているアタシでさえ目を逸らしたくなる。
それを幼いその身に体験したタキ。
ツンと、血の匂いが鼻の奥に漂ってくるようだ。

「父さんの、母さんの、兄さんの。鮮血が飛び散って、家を染めていくんだ。血の匂いが、鼻にも記憶にさえもこびりついて。忘れたいのに、忘れられない……。俺と父さんにつけられた浅くはないだろう傷を纏いながら、髭が満足げに笑って剣を降り下ろそうとしていた。俺はそれを絶望的に見ていた」

並んだカップはすでに温度を失っているのだろう。
話し始めた頃には香り立つ湯気が揺らめいていたが、とうに消えていた。