「いくつの時だったかな、まだ学校にも行く前だったのは確かだけれど。家族で初めての外食をした帰り道だった。それまでは夜に外に出歩くなんてことは無かったからね。嬉しくなったんだろう。その日はよく晴れてた。何とはなしに空を見上げたら、まん丸の月が浮かんでた。それまでだって満月の夜は何度もあったのに、家族の誰も気づかなかったなんて不思議なものだよな……」
硬い拳とは対象的に淡々と話している。
それが返って痛々しい。
「満月を見て楽しくなった俺は両親に喜々として言ったんだよ。月が丸くて綺麗で、それを伝えたくて……だけど俺の顔を見た両親の顔は青ざめていた。そして同時に強い恐怖と困惑を感じていた。隣にいた兄さんは……、兄さんは俺のことを見て『化け物だ』って言ったんだよ」
親兄弟から向けられた驚愕の眼差しは小さなタキに大きな傷を負わせたことだろう。
「何の事だか分からなかったよ。父さんに、どうしたんだって聞かれたって、自分のことは見えないから。どうして化け物だなんて言われたのか、どうして両親が狼狽しているのか分からなくて。一つ、自分の中の違和感があったとしたら……第六感というか、人の気持ちがはっきりと“分かる”ようになっていたこと。瞳を合わせた人の、心の深淵が俺に訴えてくる。兄さんが、自分が言った言葉にひどく傷ついていたから、思わず『ごめんね』って言ったんだ。そしたら兄さんは俺の手を握って、その手がすごく熱くて。深淵に訴えられなくたって兄さんの後悔が伝わった」
頷くこともできずにじっと見つめる。
頷いてしまえば涙が零れ落ちそうだった。
「人の目を盗むように家に帰ったよ。母さんは泣きながら俺を抱きしめたし、兄さんはずっと俺の手を握ったままで。父さんは項垂れていた。ちらっと見えた鏡の中の俺は確かに金色の目をしていて、ようやく何が起こったのかが分かって、自分でも怖くなった」
「金色?」
「そう。……この時はね、まだ金色だったんだ。なんの突然変異か分からないし、もしかしたら何かの病気かもしれないと翌日病院に行くことになった。だけど、一晩寝て翌朝起きてみると何事もなかったように、俺の目は黒く戻っていたんだ。両親は夢や幻を疑ったけど、俺にはそれが夢でも幻でも何でもないことが嫌でもわかってしまった。……両親が、俺の心配をしていることがはっきりと“分かった”から。でもその第六感というのは俺にしか分からない事だし、何となくそれは言ってはいけないもののような直感が働いて、それがある事は今カレンさんに伝えるまで誰にも言ったことがなかったんだよ」
それは何という皮肉だろうか。
不安や恐怖を抑え込み、親が子に向けた曇りなき愛がタキの異質をはっきりと肯定する結果を生んだ。