ソファの対面にいるタキとの距離はいつも通りで、顔を上げれば表情を読み取れるほど近くにあるのに、手を組み床を見つめながら言葉を紡ぐタキの心はここではない何処かにあるようだ。
香り立つカップだけがテーブルの上に仲良く並んでいる。
アタシはその湯気を見つめながらタキの言葉を待つ。
「いつからそんな体質だったのかは全くわからない。だから多分、生まれてからずっと、だったんだろうな」
タキが見つめる先には何が映っているのだろうか。
ふるさとの面影?
在りし日の、自分の姿?
知らず、握っていた掌に力を込めていた。
「俺の住んでいた村は、わりに裕福な村でね。人々の笑い声の絶えない……、あぁ、ちょうどこの街のような感じだね。そんな村だったんだ。俺が生まれるよりずっと前に父さんが子供のころに爺さんが移住してきたって話だ」
アタシは視線をタキに向け、静かに聞く。
うつむき、膝に体重を預け手を組むタキの姿を、静かに見つめる。
「両親も、兄さんも、俺も。村には良く馴染んでたんだ。近所づきあいも良好だったし、明るい家庭でね。……幸せだったよ」
“幸せだった”と、言うその表情は、苦痛に歪んでいるように見える。
ぎゅっと、タキの手に力が入ったのが分かる。
衝動的に思わず、その手を取りたくなるが、ぐっとこらえた。
タキは今、戦っているのだ。
自分自身の過去と、そして、今と。
「俺のその眼は“満月”を見なければ現れない。なぜか、満月にしか誘発されないんだ。……だから知らなかった。俺自身も、両親も、兄さんもね」
ふぅ、と一つ大きく息を吐き出して、タキは顔を上げてアタシを見る。
真っ直ぐな瞳と視線が絡まる。
一瞬のような、数分のような、言葉以上の空気を作る。
そしてタキは次の言葉を落とした。
視線をそらすことなく。
それはまるで、アタシのことを試すみたいに。
「両親と兄さんはね、カレンさん。……俺のこの瞳のせいで、死んだんだ」
じっと、じっと見つめる。
わずかにその瞳が、揺らいでいるように見える。
胸が、苦しい。
口の奥が乾くけれど、カップに手を伸ばすこともできないほどアタシは今緊張している。
その瞳から、目をそらすことなどできなかった。
「……俺のせいで、殺された」
先に目をそらしたのは、タキだった。
ぎゅっと握られた手は、ゆるむことなく。
脳裏には当時を思い出しているのだろうか、ぐっと口を噛んで、苦しそうにしている。
痛々しくて、堪らず席を立ち、固く握られた拳に手を伸ばす。
重なる手の熱にビクリと体を揺らしたから、アタシは離すまいとぎゅっと握りしめる。
タキは顔をあげて、ふわりと力なく、けれども優しく、笑った。