「おやすみ、気をつけて」

最後の客と従業員3人を見送ると、店内が一気に静かになった。
ミルクの入ったコーヒーを手に、アタシ達も居住スペースへと帰る。

「やっぱり夜はまだ幾分か冷えるものだね。……先にお湯を使ってしまおうか」
「あぁ、そうだね」
「先にお使いよ、タキ」
「ありがとう」

風呂に向かうタキの背を見て、暖炉に火をくべるべきか迷う。
迷いつつも毛布で十分かと、手近なブランケットを持ち出した。
これから語られる話に、アタシは怖じ気づかないと本当に言えるだろうか。

受け止めると決めた。
どんな話であれ、アタシの想いは変わらず、すべて受け止めると。
それは事実だ、本心だ。
けれど、話を聞く前の覚悟など、聞いた後では覆されるのではないか?
話すと決めたタキを、怯えながらもそれを決めたタキを、否定するのは紛れもないアタシ自身になるのではないか?
時が経つに連れ猜疑心が募る。

「タキも、今頃怖くてたまらないんだろう……」

アタシが怯んでしまったらタキはきっともうアタシに心を開くことをしなくなってしまうだろう。
ただそれだけは分かるから、それだけはしたくないと願うからアタシは揺るがずタキと過ごした時間を信じればいい。

タキと交代して身体を温め、しっかりと気持ちを切り替える。
鏡に映る自分の姿を見て魂に刻まれる自分を思い出す。
アタシは白薔薇の娘、カレン。
自分の心を大切にしなさいとずっとずっと言われてきた。
大丈夫だ。

「待たせたね」

部屋に戻って声をかけるとタキが顔を振った。

「大丈夫だよ。……これ、温かいのに淹れ直しておいたよ」
「ありがとう」

アタシはゆったりとソファに腰掛けて、一息ついた。
それを見計らい、何から話せばいいかな、とタキは遠くを見て、寂しい笑顔を見せる。

「カレンさん、オレのこの目はね……満月の日に、その月を見ると、赤く染まるんだ」

やがて決心したように一つ呼吸をして、静かに話し出した。