深夜を回る頃に外に出ていると“晩の狼”がやってくる。
この街の住人達と同様に、アタシだってそれで育ってきたのだ。
たとえ大人たちが子供達に聞かす眉唾ものの迷信だったとしても、この街の住人は大人も子共もみんな信心深くそれを守っている。
扉にかかっている札をCLOSEに変えて早々に店へと戻った。
「カレンさん、御苦労さま」
「ありがとう」
「どうぞ?」
店に戻るとタキが温かいコーヒーを入れてくれていた。
時間を気にしてか、ミルクがたっぷりと入っている。
差し出されたそれを受け取り、口にすると温かさが体内に浸食して行くのがわかる。
雪の季節は終わったと言え、やはり夜は寒いものだ。
その温かさにホッと息をついた。
「今日も1日お疲れ様」
「お疲れ様」
互いに労い合う時間が最近は特に心もやすらぐ時間でもある。
話す内容は他愛もなく、いつも変わらない。
「マリエおばさんもすっかりタキに惚れ込んでいるみたいだったね」
「嬉しいけど、自分がこんなに人から見られているのは慣れないな」
「変わらないねぇ」
「落ち着かなくてね」
「まったく。これだけ言われてたら少しは慣れそうなものだけどね。まぁタキはそれでいいのかも知れないね。……さ、休もうか」
まだ半分ほど中身の残ったカップを持って、店から家へと引き上げる。
家のリビングにある暖炉は、今は温かさを持たずにただそこにあるだけ。
湯舟で疲れを落とし眠るだけの今日はもう、その役割を果たすことはない。
アタシは一人掛けのゆったりしたソファに腰掛け、サイドテーブルにカップを置いた。
「タキ、先にお湯を使ってしまいな。アタシはこれを飲んでからいただくよ」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
タキに促して、カップの残りに手を付けたその時、ひゅう、と風が一筋入り込んできた。
店を開ける前、ここの掃除をした際に換気のために開けていたのを忘れていたのだろう。
見ると窓が半分開いていた。
タキもそれに気づいたのだろう。
「カレンさん、窓閉めておくよ」
浴室に行きがてらそう言って、窓に手をかけた。
「あぁ。……そういえば、今日は良い月だった。ちょっと覗いてみると良いよ」
そう言ったアタシの言葉は、どこまでタキに聞こえていたのだろう?
窓に手をかけたタキが、そのまま固まっていた。
目をこらさなければ分からないほど、微かに肩を震わせて。
様子のおかしなタキに声をかける。
「……タキ?どうしたんだい?」
「あっいや、なんでもっ……」
後ろ姿では表情は確認できないが、明らかに動揺している。
その姿に思わず立ち上がり、タキのもとへと向かう。
「タキ?大丈夫かい?」
肩に手を添え声をかけると、その肩がビクッと大きく動く。
そしてアタシの手を払い退けて、バッと手で顔を覆い、頭を振って下を向いた。
同時に大きく、けれど震える声で、叫びともとれる声を上げた。
「来ないでくれ!見るな、オレを見るな!!」
何事かと驚くが、タキの体は未だ変わらず震えている。
カタカタと、小刻みに震えている。
払い退けられた手よりも、その姿のほうが胸に痛い。