ハンナとマリィは連携良くドリンクを配っている。
ちょうど演奏が終わったところで拍手と歓声が上がった。
ステージに目をやると、こういう反応にはいまいちまだ慣れ切っていないのか、少したじたじとしている。
普段はアタシにも向けられている称賛が自分一人に向けられているので余計だろう。
その様子がおかしくて、くすくすと笑った。
もともと人前に出る質ではないのだろうに、よくもまあ突拍子もなくお願いした“白薔薇での演奏家”という立場を受け入れてくれたものだ。
そろそろ助け舟を出してやらないとと思い、パンパン!と大きな音を立ててアタシが手を叩くと、皆が一斉にこちらを向く。
「さぁさぁ、みんな時間をよぅく見るんだよ!もう結構な時間じゃないか。その一杯はアタシからのプレゼントだ。飲んでいっておくれ」
ドリンクはみんなに行き渡ったようで、ありがとう!と、グラスを掲げてくれる。
アタシはその光景に満足して、もう一度声を張り上げた。
「とはいえ本当にもういい時間になるからね。“晩の狼”が来る前には家に帰らないといけないよ。ウチは宿屋じゃないからね、部屋の用意はしてやれない」
深夜を回る頃、“晩の狼”と呼ばれる獣が幻術を使い、街から人を攫っていく。
だから決して深い夜、港に陽が見えるまでは家から出てはいけない。
という、迷信にも近いものを信心深いこの街の人々は大切にしている。
深夜に外にいるのは本当に今すぐ気でも必要な急用……例えば、家族が瀕死の状態で医者を呼ぶだとか、あるいは、街の外の人間だろう。
もっとも、街の人間が商いをしていないのだから外の人間も夜に出歩くことはほとんど無いが。
「さて。ドーシャおじさん、仲間と過ごす時間も大事にしているのは素敵だが、そろそろミリエッタおばさんが首を長くしてるんじゃないかい?エリーゼ、またマックスに内緒で来てるんだろ?こんな日に喧嘩は駄目だ。今ならまだ帰る前にひと目見て、仲直りするくらいの時間はあるよ」
店内をぐるりと見渡して目についた常連客達にチラホラと声をかけると、皆一様に時間に気がついたようで、心当たりの者はドリンクを飲み干して帰り支度を始めた。
その様子を見て、うんうんと頷くと、目の端にタキがホッとした表情を見せていたのが映った。
残っているのは今少し、時間に余裕のある人たちだけで、最後のドリンクを味わってから帰るようだ。
カウンター横ではハンナが忙しそうに代金を受け取っている。
アタシもそこに顔を出してハンナを手伝う。
マリィとジェイムズはテーブルをとにかく少しでも片付けてくれている。
「ハンナ、カレン、ありがとな。メリークリスマス!良い年を」
皆がそう言って、帰って行く。