一輪の薔薇が飾られた窓の奥。
まぁるい満月が殊更に美しい夜のこと。
深い漆黒の闇にワインレッドの深い赤、そして白銀の月。
月に照らされた薔薇は輝き、神秘的だ。
窓の木枠に切り取られたそれは、まるで一枚の絵画のよう。
その窓の脇に置かれたベッドの上で、幼い孫が黒い瞳をくりくりと輝かせ、ねだるように甘えた声を上げる。
布団の中だと言うのに、まだ眠る気配は見えない。
「ねぇ、おばあちゃん。まだまだ眠くないよ。お話をしてよ」
「あらあら。困った子だねぇ?もう夜も深いというのに」
「でもねでもね。眠れないの」
もぞもぞと動くため、ずれてしまった布団をそっとかけ直し、トントン、と孫に優しくリズムをとる彼女は、微笑みの奥で遠い記憶の影を追う。
優しい笑みを孫に向けると、そっと視線を上げて夜空にぽっかりと浮かぶ満月を愛しそうに見つめた。
その面影に、ここではないどこかを心に描いて呼び起こしたのは、生まれるよりもずっと昔の“彼女”の記憶。
秀でて楽しくもない、この少し不可思議な記憶の物語を、孫はとかく気に入っていた。
くりかえし、くりかえし何度と話してくれと頼むほどに。
「それじゃあ、いつものお話だ。ずっとずっと昔のお話。ずっと、ずぅっと昔にいた、舞姫と……その、恋人の物語だ」
呼応するように、きらりと月が輝く。
外は深い闇の中。
“彼”と出逢ったのも、別れたのも、白と黒とが織りなす……そんな日だった。
揺さぶり起こされた記憶は、はるか遠い昔の記憶。
“彼”と“私”の、大切な記憶。
それは、昔々の物語―――……