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どれくらいそうしていただろう。いつのまにかあたしとおじさんは、路地の壁にもたれて座っていた。座ったまま、おじさんはずっとその場であたしを抱きしめてくれていたみたいだ。
顔をあげる。おじさんが、笑ってる。
「落ち着いたかい、メイ」
「……ごめんなさい」
「ん?」
「おしごと」
「……ああ」
おじさんが苦笑した。気にしない、気にしない、とぽんぽんと頭を叩いてくれる。
だって、おじさんがこの時間にここにいたのって、きっとお仕事だったから。朝が来るときにはもう、瓦斯灯はいらないから。火を消すのもおじさんのお仕事だから。
だからきっと、こんな夜と朝の間におじさんは現れてくれたんだ。
でも、お仕事は大切だ。
「……時間」
「メイは真面目だなぁ」
おじさんは笑って、よいしょ、と立ち上がった。手を、つないだまま。
「じゃあ、付き合ってくれるかい?」
こくんと頷く。
それから、おじさんと街を歩いた。空はすっかり白ばんでいて、ちょっとどきどきした。おじさんは片手で点灯棒を操る。さすがに少し重そうだ。
「手、放す」
「だめ」
おじさんはいつもと違って随分ゆっくり歩いて行く。鳥の声がする。白かった空が、おじさんが歩くのと同じはやさで水色に変わっていく。
「今日の夕方、仕事にいけるかい、メイ」
「行く」
「わかった。なら、迎えに行くよ。一本目から付き合わせることになるけどね。終わったあとも、お店いくから。勝手に帰らないように」
「……わかった」
「いい子だ」
おじさんと歩くとほっとする。歩きながら、あたし、気が付くと話しちゃっていた。ママとマスターが家族にならないかって、言ってた話。
おじさんは目を丸くして、それからにこっと笑った。
「いいじゃないか。学校も、行ってみたらいい」
「でも、お昼だもん」
伝わるかな。わかんなかった。でも、おじさんは軽く肩をすくめた。
「メイ。昼が怖いかい?」
「……わかんない。でもお昼はだめだよ。あたしの時間じゃないもの」
「メイ、振り返ってごらん」
おじさんが足を止めた。振り返る。
「……あ」
「綺麗だろ」
大通りはもう、賑やかだった。パンの露天が準備を始めている。朝の早い配達屋さんが走って行く。きらきらの太陽の下で。
「怖くないよ。メイ。ほら、朝はこんなに綺麗だし、昼もメイに似合うとおじさんは思うな」
「……あたし、夜だもん。おじさんが火を灯して追いやった、闇のほうだよ」
「バカ」
点灯棒を持ったまま、おじさんは軽くあたしを小突いた。
「なあメイ。おじさんはこうしてメイと歩いてる時、心がぽかぽかするんだ。きっとママもマスターもそうだったんだろう。だから、家族にしたいって言ったんだな」
おじさんが、あたしと向き合う。少しだけ、膝をかがめて、目を合わせて。
「おじさんは点灯棒で瓦斯灯に火をつける。でもメイは、メイ自身で、おじさんやママやマスターの心に火を灯してる。それはすごいことなんだよ。メイは夜じゃない。夜を追いやる側だ。あったかい火のほうだよ。わかるかい?」
答えられなかった。でも、おじさんの目はやさしくて、つないだ手はあったかくて、どきどきした。
「さ。あと少し」
おじさんが笑って歩き出す。つられて歩き出して、でも、言わなきゃ、って思った。
「おじさん!」
「ん」
「あの、あのね」
おじさんが振り返る。やさしい目。大きな鷲鼻。ちょび髭。全部全部、大好きだ。だから。
「ありがとう」
おじさんがにっこり、笑った。
とくん。
胸の奥で音がした。
あったかい火が灯る音がした。