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「メイ、おなか空いたでしょ」
お客が引いた時間。空は少し、夜の気配を薄れさせる頃。マスターのお店は閉まる。
朝までやっているお店もいっぱいあるけれど、このお店は朝まではやらない。酒場の時間は夜までよってママは言う。朝になるまえに閉めなきゃいけないもんなんだって。
だから今日も、夜と朝の間の時間には、店にはお客がいなくなっていた。その中でママが、着替えたあたしの前に、マスターが作ってくれた料理を出してくれる。
今日は川魚を香草で包んで蒸したものだ。一緒に野菜も蒸したみたいで、ちょっとしなってしている茄子が美味しそう。
「おう。ちゃんと食べろよ。ほら、パンもおかわりあるからな」
でっぷり太ったマスターがにこにこしながら黒パンを置いてくれた。黒パンはちょっとだけ酸っぱくて、オリーブオイルにつけて食べるのが好き。
「いただきます」
黒パンをちぎってオリーブオイルにつける。その上に、お魚の身をほぐして乗せた。まとめて口に放り込むと、やさしい甘みと香草の匂いが口いっぱいに広がる。
「おいしい!」
「あたりめーだ」
マスターが鼻を鳴らす。ママが笑って、ワインを注いでくれた。
ママはマスターと違って、すごく細くて背も高い。昔は、ママ自身が踊っていたんだって。あたしにちゃんとした踊りを教えてくれたのもママだ。
「メイ、今日もお疲れさま」
「うん、楽しかったよ!」
「そーかそーか。よかったなぁ」
マスターがにこにこわらって、頭をなでてくれる。へへ。あたし、こうして頭をなでてもらうの好きだ。
黒パンと、魚の香草蒸しと、ワイン。美味しいご飯を食べ終えた頃、ふと、ママが声を低くした。
「ねぇメイ」
「はい?」
ママがちらっとマスターに目を向ける。マスターが頷いてから、ママはもう一度言葉を続けた。
「私たちの子供にならない?」
――子供?
一瞬よくわからなくて、目をぱちくりさせてしまった。
「……どして?」
「学校に行かせてあげられる」
「……がっこう?」
「そ。学校よ、メイ。行きたくはない?」
問われて、あたし、悩んじゃった。
実はあたし、自分の年齢もよくわかんない。たぶん、十四とか五とか、そんくらいかな。もっと若いかもしれないし、上かもしれないけど。
たしかにそれくらいだと、がっこう、いってるもんなんだろうけれど。っていうか、遅いくらいなんだろうけれど。
「うーん……」
首を傾げてしまった。行きたいかどうか、わかんないんだ。
「あのね、ママ」
「うん」
「ごめんね、よくわからないんだ。あたし、踊るの好きだよ。お金もらって、踊って、ちゃんと生きていけるよ」
「そうね」
「学校はそれに、お昼でしょ?」
ママが、きょとんとした。
「お昼ね、そうね。いけない? あ、もちろん、学校のある日は踊るのはお休みしていいのよ」
「えーと、お休みはヤだなぁ。そうじゃなくて、あのね、お昼はだめなの」
「ダメって、何がだ?」
マスターが困り顔だ。これには、あたしのほうが困ってしまった。
あたし、あんまり上手に人に何かを説明することって出来ないから。
少しだけ俯いて、首を傾げる。どうしようか。どう言えばいいのかな。ママもマスターも、あたしが口をつぐんでいる間は何も言ってこなかった。そう言えば、はじめて逢った時もそうだったな、と思いだした。あの頃のあたしは、今よりずっと言葉がヘタクソだったけれど、でも、ママもマスターもちゃんと聞いてくれたんだっけ。
そう気づくと、なんとなく肩の力が抜けちゃった。大丈夫かな。そのまま言っちゃっても。
顔を上げて、あたしは口を開いた。
「あたしね、夜に踊るでしょ? だから夜なの。街灯がついてからがあたしの時間。だからね、お昼はだめなんだよ」
わかってもらえるかどうか自信はない。でも、理屈じゃなくてそんなカンジなんだ。夜はあたしの時間。夜はあたしを否定しない。でも、昼とか朝は少し、拒絶されている気がしている。
ふと窓を見た。いけない、もうすぐ朝になっちゃう。慌てて椅子から立ち上がる。
「ママ、あたし帰らなきゃ」
「……そうね。気をつけてね」
「うん」
お店から出ようとした時、メイ! ってマスターに呼び止められた。振り返る。マスターはなんだか苦い顔をしていた。
「学校に行かなくても、いいからさ。俺たちメイを家族にしてぇんだ」
「かぞく……」
「そうだ。考えといてくれよ」
どうしよう。なんて言えばいいのかな。
わからなくて、あたしはただこくん、と頷くだけしか出来なかった。