「ヨミさん、いつもの
『おぼちゃま』の確保。
よろしくお願い致します。」

当然のように
ゲストリレーションからですね、
業務をいいつけられますと
当時の私としましては、

どーしてこうも、
VIP様というのは 傍若無人
なのかと 辟易したものです。


「やだなぁ。僕にとってはさぁ、
家みたいなものでしょう?
ついつい好きな事しちゃう
年頃だっただけだよん~。」

今も、傍若無人さは
実に健在で
このタレ目 イケメンは
のたまわります。

「お陰様で、うら若き乙女が、
心の中で、中指を立てまして、
最上階フロアへのエレベータ
ーに飛び乗った ものです!!」

そう、
隣を歩く ハジメオーナーを
睨み付けます。

長い長い本館の廊下。

あの頃のハジメオーナーも、
私も、まだ 学生でしたわね。

当時 ハジメオーナーの
常宿とされた
別館の洋館ホテルは、
和風パレス様式で
それこそ
美術館に迷い込んだような
場所でした。

ともすれば、
まるで自分が、華族の令嬢に
なったかのような
心地に酔いしれます。

まさに、酔うようです。

広めの 洋エントランス。
そこには
芸術が そのまま施された 壁画。
廻廊をいけば
螺鈿細工で 美しく装飾された
これもまた、
美術品のようなVIPエレベーター

今は、式場に向かう
新郎新婦専用に
なっているようですが。

とにかく、
芸術品の洪水みたいな
洋館で。

「あの頃のヨミくんはさぁ。
ほんと~、僕のお目付け役だった
よねぇ。ホテルに学生奉公なんて
いい専属子守りになってたよ~」

そうケタケタと
笑って、
ハジメオーナーは
『百獣の獅子と百花の長牡丹』の
豪華絢爛なエレベーターへと
歩いて行きます。

「誠に、業界一族の 交換奉公
なんて時代錯誤もいい風習です」

私も彼の後を、
慣れた 足取りで 続きますね。

「ヨミくんはぁ、家業の修行
がてら見習いで こっちに来て
たんだよねぇ。僕と同じくらいの
君がさぁ、お仕着せ着て 僕を
捕まえにくるから~、最初はぁ
びっくりしたんだよねぇ。」

と、まぁ、呑気にこの
タレ目イケメンが その弓なりに
なった口で 言いますわ!!


このホテルの創始者は
石川県出身の方でございます。

当時は、東京の銭湯というのは
新潟、富山、石川の方が
経営の独壇場だったそうで、
創始者も 初めては
銭湯経営をされていました。

それが
自分の邸宅を まず料亭にし、
成功されまして
この土地にも
2店舗目として 開業されます。

『教養人・趣味人が1日
いても飽きぬ』を意趣に

『誰もが大臣 気分』の
場所としての本館内は、

2500以上の 花鳥美人画や、
彫刻、螺鈿といった芸術品が
飾られ、
現在もミュージアムホテルの
異名もつ、
憧れの館でした。

そして別館は
芸術家による壁画を描がかれた
まさに ホテル自体が美術館。

「私も、まさかホテルに住む
噂の貴公子に 振り回されるとは
思いもしませんわ。
本当に、乙女の青春時代を
返してくださいよ。」

そう、憎まれ口を叩きますが、
もし この場所に身を置いて
いなければ
彼も 私も 今の生業を
していたでしょうか?

この場所に、
文字通り 『芸術品を纏う』ような
肌から一流を吸収する
パワーのある場所で
生きていたから

その後の未来を、
彼も私も 歩いているように
思えます。

残念ながら
バブル期
美しい壁画ごと
別館は壊されてしまい
ましたが、それほど
芸術と館が表裏一体した
館が、
ハジメオーナーの
常宿で ございました。

装飾された
エレベーターのボタンを
静かに押しながら

「あの頃の僕はさぁ、1年の
4分の1をここで過ごしてたから
もう家みたいに
なっちゃってたんだよねん~。」

彼は、懐かしそうに
どこか
淋しそうに 私に あの頃へ
タイムスリップさせる
呪文を 語るのです。


昭和期一流の芸術家、
庭師、左官師、建具師、
塗師、蒔絵師
もうそれは集結しての
豪華絢爛。

内装だけでなく
珍しい本格北京料理に、
もちろん日本料理もだせる
料亭だけでなく
国内 初めて結婚式場や、写真館。

孔雀や熊までいる庭園、
錦鯉が泳ぐ川。

華美に装飾され、温泉より
水を運び沸かす
『百人風呂』

それはもう一大テーマパークで。

館付近には 目黒不動、
山手七福神や 大鳥神社が座し、
お参り信仰熱く
それらがリンクして眩暈する。

絢爛 物珍しき空間は、
非日常を過ごせる
江戸っ子の娯楽場。
今より、ずっと客人が入り乱れ。

『デザイン・装飾の百貨店』とも
『元禄文化風、どぎつさ屋敷』とも
称される存在での時間を
彼と私は
共有していましたね。

私は、
エレベーターに 入りながら

「だからといって、館中を
悪戯して回ってもいい理由には
なりませんよ。いくら、超VIPな
『おぼちゃま』であってもです」

逆上せたように、
あの別館での 日を思い出します。

家業として、
やはり 別系列ホテルを経営する
家門の子女である
私は、奉公人よろしく
大型休日には
学生にも 関わらず
放り込まれておりました。

そんな
私が 噂に聞いていた
『ホテルに住まう貴公子』の
悪戯を回収する担当に
なるなんて。

「それでさぁ、悪戯して
バトラーに お小言もらいたく
ないからぁ、逃げ回る 僕を
いつも、捕まえるのがぁ、
ヨミくんは 上手かったよね~」

彼は、そう 呟いて
エレベーターがついた先の
天井を仰ぐのです。

そこには、急な階段と
花鳥画が描かれた天井が
今もちゃんとあります。

「簡単で ごさいましょ?
貴方の通った後には 左右に
点々と 目印が 置かれてたの
ですもの。
どうして、誰も
気が付かないのか、そちらが
不思議でしたわ、私は。」

上から下まで 木造の階段。

昭和の初期。
国内では
クオリティの高い数寄屋建築
文化が花開いた時。
この階段は 国内でも
傑作と謳われました。

木目の波が ゆらぎ
静賓でいて
細かい細工が華 をそえる。

そんな厳かでいて
艶やかな段差にも、
当時の彼は
自分の印を
残していたから、
それを ゆるゆると
辿れば
自然と彼に 私は
たどり着いただけ。

「点々と廻廊の左右に
『紅葉』が置かれていれば、
不思議に 思うでしょう?」

「気がついてぇ、くれたのはぁ
ヨミくんだけだから~、
君だけが
僕を捕らえれたって事だよん」

やだ!

かの日に、
この階段を 左右に追いながら
拾う紅葉の先で、

頬杖をついて 座った
貴公子の姿を
思い出すような
笑顔だわ。

ゆっくりと 99段の1段目を
上がる 彼が
振り向いて 投げた
表情に 私は
隠れて 息を飲み込んだ。