「触っちゃいや」

初めて一緒のベッドで寝たその日、可愛らしく頬を膨らませてシェリルはワガママを言った。
初夜にふさわしい扇情的な薄く透けるネグリジェを着て、試すようにダニエルを見上げてから、猫のように彼の手の中をすり抜けた。

「触っちゃいやってーーシェリル嬢、いや、……シェリル。そんな子供みたいなことーー」

「私、今日は疲れたの。また今度ね」

そう言ってダニエルに背を向けて、あろうことか寝息を立て始めたシェリルに、ダニエルはひとつため息を吐き、仕方ないですねと、触ろうとしていた手を引っ込めた。

寝ている淑女を襲うような真似をこの男がするはずがないことはもちろんシェリルは知っていた。第一、シェリルに嫌われたくはないだろう、とも。

それに、とシェリルはひとりほくそ笑む。シェリルの頭を撫でる勇気はあっても、口説き文句や口付けひとつ寄越せない根性無しなのは昔っから変わらないのだ。

もちろんシェリルだってこのまま永遠にダニエルとの触れ合いを拒否することなど出来ない事はわかっている。しかし、そう簡単に触れさせてやるものか、と狸寝入りをしてやったのだ。

それがシェリルにとっての意地であり、結婚したからと言って貴方のものではなくってよ、という意思表示なのだ。

奴の思い通りになんてなってやらないんだから。

意に反して結婚相手に自ら彼を選んでしまったシェリルは、行動でしか反旗を翻すことはできなかったのである。

だから、その指がシェリルの緩く波打つ長い髪を一房掬い上げ、それに口付けた気配を感じてもなんの危機感だって覚えなかった。
危機感の代わりに、何か淡い期待が胸に込み上がった気がしたけれど、狸寝入りが本物の睡魔に取って代わったあたりでシェリルはそれ以上胸に込み上げた「何か」を深く考えるのを放棄して、そのまま意識を手放した。

一方、ダニエルは名残惜し気に彼女を見遣ったものの、そのまま何もせずに彼女の横に寝転がった。

全てが綺麗に均整の取れた人形のようで、触ると壊れてしまいそうな美しい妻。

ずっと昔から欲しかった少女が、いまあられもない姿で隣に寝ている。
その幸福感といったら無かった。

別に今日1日触れられなくたって構わない。
もう彼女は自分のもので、いつだって自分の隣にいるのだから、焦ることもない。

そうしてシェリルが横にいることの幸せに浸りながら、ダニエルもまた穏やかな睡魔に身を委ねた。

けれど、ダニエルの意に反して、それからひとつ季節が巡ってもシェリルからのお触り禁止令が解除されることはなかった。
それがカタチだけの夫婦、と心の中だけでシェリルが揶揄する理由である。