翌日、真名は英文学部の講義棟へ入ると、三階にある朝倉伸介助教研究室を目指した。理由はもちろん、昨日の夜、泰明に言われた通りに朝倉に栗原浩子について尋ねるためである。

 ちなみに、今日もここまで見鬼の才を使ってみたが、浩子は今日も見当たらない。

 よし、と真名は気合いを入れた。

 一応、大学にいちばん近い例のコーヒーチェーンには泰明が来てくれている。口は悪いが面倒見はいい、と信じよう。

 三階に上がったときだった。朝倉研究室のドアが開いて、ちょうど朝倉が出てきた。取り立ててコレトイッタ特徴がない、そのことが特徴のような朝倉が大股で近づいてくる。真名は心の準備がずれて動揺してしまった。

「あ、あ……」

「おはよー」と朝倉が顔色一つ変えず、挨拶し、そのまま通り過ぎようとする。

「朝倉先生っ」と真名はがんばって呼び止めた。少し声が大きくなる。

 その声に、朝倉が立ち止まった。ちょっと笑っている。

「何?」

 普段ゼミではお世話になっているものの、改めて声をかけると――しかも、ひょっとしたらものすごくプライベートなことにかかわりそうだと思うと――妙に緊張した。

「あのですね――」

「あ、そうだ、就活どう? 結構苦戦してるってうちのゼミの他の子から聞いたんだけど」

 うちのゼミの他の子――その言い方が真名の気持ちを後押しする。浩子先生からではないのか……?

「朝倉先生。栗原浩子さんという女性についてお聞きしたいのですが」

 真名がそう言った途端、朝倉の顔が険しくなった。

「くりはらひろこ……」

 複雑に入り組んだ感情、その激しい渦を押し殺しているのが分かる。

「いきなりですみません。私、実は霊が見えるんですけど、これまでずっと〝栗原浩子准教授〟という人と一緒だったんです。このまえ、たまたま古い新聞を見つけたら同姓同名の方が、以前、大学の構内で縁結びのお守りを手に自殺したって。そのときに付き合っていた彼氏さんの〝Aさん〟って朝倉先生のことですはありませんか」

 朝倉が胡乱げな目つきを差し向けた。その目が、雄弁に物語っていた。浩子と付き合っていた〝A〟とは、朝倉のことである、と。だが、朝倉は不意に苦笑いを見せた。

「霊が見えるとはなかなかだね。ちょっと疲れているんじゃないのかい?」

 朝倉は冷たい目つきで、その場を立ち去ろうとする。けれども、真名は朝倉に食い下がった。冷たい目つきには慣れている。それにあのドS陰陽師よりも冷たい目つきではない。

「突然こんな話を聞かされて、びっくりされていると思います。でも、私、霊が見えるというのは本当なんです。だから私、就活でもうまく行かなくて――」

 そうではないじゃろ、と頭上のスクナがたしなめる。

「就活、よっぽどつらかったんだな」と朝倉が立ち去りそうになった。