「真名さん? 私、そんなひどいこと言っちゃいましたか」

「そうじゃないの。そうじゃなくて……」

 真名は気持ちを落ち着けながら、先ほどのスマホの写真を見せる。

「この方、お知り合いなのですか……?」と留美が眉を寄せた。

 どう説明しようかと迷って、真名はふとあることを思い出す。

「この前、留美さんと一緒にごはんを食べていたときに、私に話しかけてきた女の先生がいたじゃないですか。その人と同姓同名なんです。しかも年まで。こんな偶然ってあるのかなって……」

 真名の声が尻つぼみになった。目の前の留美がますます不思議そうな顔をし始めたからだ。しかし、その後に続く言葉に、真名はもっと混乱することになる。

「あのときのことは覚えています。何しろ、食事の途中で、真名さんが誰もいないところに話しかけ始めたので――」

「え? 待って。私、誰もいないところに話しかけてた?」

「はい……」

 留美の話を聞きながら思わず乾いた笑いが漏れる。

「ふふ。噓。だって、私、浩子先生と何度も会ってるしおしゃべりもしてるし、進路のことで励ましてもらったり……」

「私、噓は言ってません」と留美が真名の手を握ってきた。
「真名さんはひとりでしゃべっていました。けれども、真名さんは〝見える人〟だから、きっと何か私には見えない存在が見えているんだろうなって思っていたんです」

 留美の手の温かさに真名の心が安らぐ。そうだ。留美は自分では見えないけど、目に見えないあやかしや霊がいると理解している。だから、真名が誰もいない空間に話しかけていても、そんなものだろうと思っていただけ――留美の言っている内容は筋が通っていた。

「だとすると、やっぱり、浩子先生って……」

 この記事が正しいのだとしたら、栗原浩子は准教授ではなく、七年前に亡くなった女性となる……。

「ねえ、真名さん。その〝浩子先生〟とは、いつから知り合いなのですか?」

「いつからって――あれ……?」

 留美からの、極めて自明なはずの問いかけに答えようとして、その答えが見つからないことに初めて気づいた。


「月刊陰陽師」編集部に勤める前に会っていたのは覚えている。そうそう。就職活動でうまく行かなくて、構内のベンチで凹んでいるところを元気づけてもらった。その前は――就活の折々にアドバイスはもらったように思う。

 けれども……授業は?

 四年生になれば浩子の授業があるはずだが……それはおかしい。

 真名は浩子の研究分野と同じ英文学の専攻だ。准教授なら当然、研究室があるし、ゼミも持っているはず。専攻のゼミを選ぶために、必ず二年次までには専攻の教官の授業は一通り受けて、教官の人となりと研究対象を確かめられるはずなのだ。

 ところが、浩子の授業を受けた記憶がない――。

 授業を受けた記憶がないのに、どうして浩子と親しく、〝先生と学生〟の関係を持っているのだろう。そもそも四年に浩子の授業があるなんて、誰から聞いたのだったろう。


 そもそも、浩子と自分の関係はいつからできたものなのだろう。