スクナに言われて真名が振り向くと、カジュアルな服装の男女が鳥居をくぐってきた。まだ若い。大学生くらいか。恋人同士なのか、和やかに談笑している。男性が手水も使わずまっすぐに本殿に昇ろうとするのを、女性が止めた。

「コージ、手を洗わないとダメなんだよ」

 その女性が呼んだ男の名前が、妙にクリアに響いた。

 コージ?

 真名も泰明も、ロングカーディガンの女性も――神職たちまでも――、その男に視線を走らせる。美形ぶりで言えば泰明の方が上、というより十人並みの顔立ちの男だ。一緒にいる女性は派手めの美人で、あまり男が釣り合っているとは言いかねた。

「コージ!!」とロングカーディガンの女性が吠える。

 境内地を引き裂くような声に男がぎょっとなり、ロングカーディガンの女性の顔を見て引きつる。

「げ、ナオミ!?」

 ロングカーディガンの女性――ナオミが、憤然とした表情でコージの方へずんずんと歩み寄った。隣の女性も含め、コージとナオミ以外の全員が何事かと見守る中、ナオミはコージの目の前で立ち止まった。

「私と別れて三日で他の女を見つけたの!?」

「な、何言ってるんだよ」とコージの目が泳いでいる。

「そうよ。私たち付き合ってもう一年なんだから」

 男女問題に関し、心の機微に疎いというか勘が鈍いというか、そういう真名でもこれは分かった。
 コージという男、二股かけてたんだ。
 外見が胸のすくようなイケメンというわけでもないのに。
 そういえば、結婚詐欺をするのも、いわゆる美男子ではない男が多いと聞いたことがある。

 いずれにせよ、ロングカーディガンの女性に、もう言葉はいらなかった。

 ナオミがコージの頰を叩く。

 変に乾いた音が境内に響いた。コージは打たれた頰を押さえて馬鹿みたいな顔をしている。
「おお、やるなぁ」と泰明が感心していた。

 ナオミは、自分とコージは半年付き合っていたと派手めの女に告げると、コージに言い放つ。

「さようなら、二股男。これで吹っ切れたわっ」

 ナオミはつかつかと鳥居をくぐって出ていった。先に我に返ったのは派手めの女性の方だった。

「ちょっとコージ、さっきの何よ」

「お、俺も分からないよ。誰かと勘違いしてるんじゃないか」

「知らないっ!」と叫ぶと、派手めの女性はコージの腹に回し蹴りを入れる。さすがにコージが腹を押さえてうずくまった。

「ふん。いい気味じゃ」とスクナが厳しい声で言う。
「縁ある人とは出会い、縁なき人とは別れさせる。これが神さまの縁結びじゃ」