よいネタ、というのは当然ながら耳目を引くインパクトがあって、しかも本当の出来事でなければいけない。
 さらに付け加えれば、ある程度の〝理屈〟が通ってないといけないとも言われた。

 悪霊やあやかしなどはこの世的な実証科学的論理にはなじまないけれども、陰陽師たちなら分かる霊的な論理がある。
 その論理に当てはまっているれば、他の陰陽師でも同じ場面に出くわしたときに対処の参考になるからだ。

「神代、どうだ?」
 と隣の席の泰明が心配げに声をかけてくる。

「……全然いいのが見つかりません」

 探せども探せども、噓、誇張、善意の誤解の山なのだ。

 ネットの世界恐るべし。

 検索で悪霊がらみのものばかり探していたら、気分が悪くなってくるし、真名は泣きたくなってきていた。

 ちなみに今日も昭五は出ている。

「神代、これ持ってろ」と、泰明が長方形の札を差し出した。

「何でしょうか。……あ、これ、昨日私が広告ページを作っていたところの霊符」

「ここの霊符、効くんだよ」と言ってオフィスのドアに視線を促す。「うちのオフィスの入り口の天井と床にこの霊符を埋めてある。軽い憑依霊なら弾き飛ばす結界だ」

「なるほど。それで昨日、編集長があんなにばたばたと帰ってきても、ここの磁場が揺るがなかったんですね」

 言ってしまって、真名は言い過ぎたかなと青くなった。だが、泰明は真面目な顔で頷いた。

「ああ。あの人、ばたばたしてるからな。あれでも精神統一すればすごいんだけど」

「でも、お天気しか占えないっておっしゃってましたよね?」

「お天気しか占えないと言っても、百発百中だぞ? 真似できるか?」

 泰明が真名を睨むように質問する。

「で、できません……」

「地方の陰陽師は、編集長の占いのおかげで農家の方の信頼をがっつり摑んでいる。たぶん今日の編集長はその〝お天気占い〟をしているだろうな。このビルの上の階で」
 と泰明が天井を指さした。

「この上に祭壇か何かあるのですか」

「上の階が家なんだよ。編集長も、俺たちも。――それで、編集長は月の中でもっとも自分の力が発揮できるときを占って、その日に全力で〝お天気占い〟をする」

「そうだったんですか」

 悪霊調伏でも、占いでも、神降ろしでも、規模の大きなものになれば、陰陽師の側も相当の力を溜めなければできない。昭五も、それだけ精度の高い占ができるように、一カ月のコンディションを最高にもっていくのだという。

「そういうコンディション調整は人それぞれの霊力や素質にもよるから、書物では学べない、秘伝みたいなもんだ」

「すごく勉強になります」

「この霊符もそうだ。俺もネタ探しでパソコン検索したり、知り合いの霊能者に片っ端から電話していたりすると、へとへとになるし、弱ってくると悪霊波動に弱くなる」

 真名は思わず耳を疑った。

「泰明さんもそんなことがあるんですか」

 どんな悪霊もドSな睨みで撃退してしまいそうなのに。

「当たり前だろ。俺だって人間だ。――それで、そういうときに、この悪霊調伏の霊符を胸に当てたり、頭に当てたりして、霊障にならないように切り抜ける」

 霊障とは、簡単に言えば悪霊やあやかしに憑依されたりして霊的に障りを受けている状態だ。
 たいていは暗い心、悪しき心で悪霊やあやかしを引き寄せてしまうのだが、それ以外にも体力や霊力が落ちたときにも霊障になる。
 だいたい普段の自分ならしないような他罰的あるいは自己処罰的な言動が出てくるから、冷静に自分を振り返れば分かるのだが……。

「泰明さんでもそんなふうに霊符を使うことがあるんですね……」

「疲れたら眠くなるように、心の法則だって誰にでも一緒だからな。人間である以上、どんなに優秀でも逃げられない」

 まるで自分を優秀と言っているようにも聞こえるが、そんな思い上がりではそれこそ慢心からの憑依を呼び込むから、聞き違いだったと思おう。

「そういうものなんですね……」

「学生時代はなりにくいけれども、社会人に多い霊障のパターンとして〝仕事能力のキャパオーバー〟というのがある」

「仕事のキャパ越えで霊障になるんですか?」

 真名が驚いて尋ねる。泰明はぬるくなった麦茶を飲んで続けた。

「俺も自分や周りの人間が実際に霊障になってみるまで半分は噓だろうと思っていたけどな」