キュルッと靴底をこする。左足軸に後ろへターン。床を叩くボールが前へ前へと走る。
先へ、もっと先――あぁ、でも追いつかれる。ディフェンスが伸ばす手を背中から感じる。ゴールよりもちょっと遠い、けど……

不意(ふい)に右手首がキーンと痛み、固まる。でも、ここで決めないとダメなんだ。
いましかない――のに――!

その時、耳元を声がかすめた。
爽やかなギターボーカルの声。そして、重たいベース音。力強いドラム。速いギター。
なんだっけ、この曲。達海が聴いてた曲だ。


 おまえの居場所はそこじゃねぇだろ
 なにもないなんて 誰が言おうとも
 オレだけはおまえを信じてる
 さぁ!!! 行こう!!!
 このステージはおまえだけのもんだぜ!!!!
 おまえがおまえを諦めることはないんだぜ!!!!


「……そうだ、諦めることはないんだ」

達海も言ってた。諦めるな、諦めるな私。

止まって、狙って、シュート。それは流れ星のような弧を描いて、飛ぶ。両手で弾くように飛ばしたボールが伸びて伸びて――ストン、ときれいにゴールへ吸い込まれる。
得意なロングシュート、決まった。
体育館が熱気で包まれて歓声に湧く。

「ライナ、ナイッシュー!」

チームメイトとハイタッチしながらゴール下へ走る。観戦席に目をむけると、そこにいた達海が鋭い目を珍しくまんまるにかっ開いていた。視線がぶつかると、彼はニッカリと笑った。


 *

 *

 *


あぁ、そんな夢が本物になればいいのに。
頭の中でめくるめく妄想は、まだまだ先の話になりそうだ。
それにいまは――超不機嫌なあいつを(なぐさ)めてやらなくちゃいけない。
熱気と汗が充満した体育館から離れて、私は外へ出た。
背がデカイから隠れようにも隠れられてない。達海は頭にタオルをかぶせたまま、体育館裏で不機嫌に座っていた。

()しかったねぇ、ドンマイ」
「惜しくねぇ」
「でもチームは勝ったんだし、いいじゃん。スリーポイントは入らなかったけど」
「うるせぇ」

あーあ、機嫌悪すぎ。

「別にさぁ、スリーにこだわることないじゃん」

身長があるんだから、リバウンドボールを拾って入れたらいい。それでもこいつは今日、スリーポイントを全部落としたことに激しく後悔している。
その外れたボールを(みずか)ら取ってダンクシュートに持っていったのは圧巻(あっかん)で。確かに荒業(あらわざ)だったけど、あのプレーには驚かされたし興奮した。それなのに不満だそうだ。バカだなぁ、ほんと。
あんたはものすごく強いプレーヤーになったよ。
私はタオル越しに達海の頭をくしゃくしゃなでた。

「いいよ。あの約束、なかったことにしてやっても」
「え?」

顔を上げる達海。細い目を珍しくまんまるにして私を見る。

「そう言えば、あの曲、聴いたんだけどさー。いい歌だったねぇ。『BreeZe』の『FIGHT SONG』だっけ。お前の居場所はそこじゃねぇだろって力強い歌詞だった。なんか達海みたいでクセになりそう」

あの夕暮れにスマホから流れていた曲を改めて聴いてみた。
そしたら、無性(むしょう)に泣きたくなった。そんなみっともないところは絶対に見せたくないから、私は()れそうになったため息を飲み込んだ。

「大学でバスケやるよ。ちゃんと、イチから始める。だからさ、絶対こいよ、追いかけてこい」

達海のおでこにビシッと人差し指をつきつけてやる。すると、こいつは不機嫌そうに、でもどこか恥ずかしそうに目を逸らした。

「……やめたら許さねぇからな」
「おう。その時に、私は達海に言いたいことを言ってやる」
「はぁ?」

意味が分からないと言うように、達海は怪訝に眉をひそめる。鈍感(どんかん)め。でも、この気持ちはまだ教えてやらない。

「スリーが入るようになったら教えてやってもいいけど」

ボソッと言ってみると、途端に達海は口角を上げて挑戦的に笑った。

「よし、分かった。ぜってー次で入れてやる!」

……これはどうやら延長戦に持ち越しかもしれない。
私たちが視線を交わらせるのは、あと二年は先のことだろう。

〈track4:Shooting Star/宮下礼菜 完〉