道を覆うように生えた細長い草を掻き分け、森からの脱出に成功した。
喜びで踊りそうだった私だが、異変に気がついてしまう。海なんてない場所に住んでいたはずなのに、漁港が見えるのだ。
漁港や海ならまだしも、立っている建物や道を歩く人全てがおかしく感じた。ここは日本ではないと直感して、体の動かし方を忘れてしまう。ただ棒立ちで、その景色を見つめるしか出来なかった。
ヨーロッパといわれた方が納得する、何処を切り取っても日本のにの字もない。
磯の匂いが鼻をくすぐる。一応頬をつねってみたが、確かな痛みがあった。なければどれほど良かったか。
まさか眠った状態で海外まで来ちゃった??何て考えたが、可能性は低い。
「どうかしたのかい??」
不意に声をかけられ、振り返る。そこには、私を不思議そうに見つめた老夫婦が立っていた。何処か優しそうな雰囲気の老夫婦は、私の前までやってくると心配そうに顔を覗き込んでくる。
「見ない顔だねぇ。どうかしたのかい??」
「……あの、変な事をお尋ねしますが、ここは何処でしょうか??」
悩んだ末に率直な質問をすると、二人は驚いたように目を丸めた。
「ここはアルディムという町だよ」
首を傾げつつもお婆さんは丁寧に教えてくれた。エルドア王国のアルディムという国でも有数の港町らしい。
まったく知らない地名に、私の表情はいっそう険しくなったのだろう。二人は揃って私の背を優しく撫でて近くのベンチに座らせてくれた。
「なにかあったのかい??」
「いえ、あの……」
なんと答えれば良いのか。ここって異世界ですかね??私トリップしたかもしれないんですけど、どうしたらいいですか??何て聞けない。
答えに困っていると、お爺さんは顎鬚を数度撫でて口を開いた。
「もしや、記憶がないのかね??」
それを聞いたお婆さんは、まぁと口を手で覆った。
「記憶喪失??そうなのかい??」
「いや、あの」
YESではないけど、NOでもないような。再び口ごもってしまう私を二人は肯定したと思ったのか、家に来なさいと手を引いた。
「記憶がないのは大変だわ、家にいらっしゃい。裕福じゃないけど一人くらいなら養えるわ」
「違うんです、記憶はあります。でも東京への帰り方が分からなくて」
「トーキョウ??」
「日本です。ご存じないですか??」
「ニホンねぇ、聞いた事ないわ」
……ここは本当に異世界なのかもしれない。
まだ信じてはなかった事だけど二人の反応は本当に知らないって感じで、不安がつのっていく。
目を丸める二人に、私は気まずくなって視線をそらした。その視線の先に居た人にふと目が止まる。
ボロボロの服に、手入れのされてない髪、足枷を付けられ、歩くたびに鎖のこすれる音が聞こえる。
年齢や性別はバラバラで、大人や子供に女の人や男の人と皆鎖で胴をつながれ、一列に並んで歩いていた。
「あれは??」
指をさした先を見たお爺さんとお婆さんは、あぁと納得したように小さく声を漏らした。
「あれは不花だよ。魔法が使えない人間だ」
魔法??魔法ってあの魔法??え、使えないといけないの??え??私も使えないけど??
「そんな事より、もうすぐ日も暮れるわ。今日だけでも泊まっていきなさい」
困惑する私を他所にお婆さんはグイグイと手を引いた。確かにもうすぐ夕方だ、お言葉に甘えて一泊だけでもさせてもらった方がいいかもしれない。
また明日情報収集に出かけよう。
人の良さそうな二人に私は何度も頭を下げてお礼を言い、ついていく事にした。