お客様が心を傾けて、香りを楽しまれた後は、雫屋の和菓子がお客様をもてなす。

「わぁ、この和菓子キレイ……。見本のカタログより本物のほうが素敵」

「ほんと。私が選んだ花飾りもシンプルだけど、とってもかわいいわ」

 お客様は和菓子にようじをさし、半分に切るとぱくりと食べた。

「おいしい~」

「ほんのり甘くて、口の中でとろける」

 彼女たちの色がふわりと舞った。

 ふっと零れるように笑ったお客様の笑顔に、私たちも微笑んでしまう。

 気軽に聞香体験をしてほしいと願う祖父は、お客様に「やわらぎ」の時間を与えたいと思い、このカフェを開いた。

 そして老舗の和菓子屋、雫屋の雅な和菓子は、お客様の“心”をもてなしたいと思っている。

 この場所は、誰にとっても心が癒される優しい場所でありたいと願っている場所だ。

 お客様の最高の笑顔が見られることが、私たちにとって何よりも幸せな瞬間なのだ。

「ああ……楽しかったわ。また来ます、ありがとう」

 彼女たちは自分の色を“幸せ色”に染めて帰って行った。


 開店と同時に来られたお客様がすべて帰られた。気づけばもう昼時だ。
久しぶりに訪れた静かな時間にホッと息をついた時、玄関に取り付けられてある鈴がカランとなった。

「いらっしゃいませ」

 私は、窓の方を見ながら言った。

「こんにちは」

「……あ、こんにちは」

 カフェへ入ってきた彼女は、先日、手紙を届けに来てくださった佐伯雪乃さんだと気づくのに、数秒かかった。はっきりと彼女だとわかったのは、今日も元気なビタミンカラーのオレンジ色を振りまいていたから。

「先日はありがとうございました」

そう言って頭を下げる彼女は、先日見た時とまるで印象が違う。

 髪は丁寧に結われ、そこには風になびく白いリボン。そのリボンに似合う薄ピンクの半袖のブラウスに、黒のパンツ。

 先日ここへ飛び込んできた時の雪乃さんとは、別人のようだった。

「いえ」と私は、首を横に振り、「彩乃さんのお手紙、三ツ井にきちんとお渡ししました」とそっと伝える。