「一香さん、どうされましたか?」
どれくらい時間が経っただろう。
気づけば、長くなった影の先に、颯ちゃんがいた。
一歩一歩近づいてきて、私に向かって微笑みかける。
「ああ、後片付けの時間ですね」
目の前にいる颯ちゃんは、薄い緑色のTシャツにジーンズ姿。今日は黒ぶちの眼鏡をかけている。
動かない私の数センチ先まで彼は近づき、腰をかがめて視線を合わせた。
「暖簾、僕が外しましょうか?」
「……」
「一香さん?」
返事を忘れた私に困惑の表情を見せる颯ちゃんは、大人の男性に見えても、やはりいつも通りの颯ちゃんだと思い直し、私は安心してしまう。
にっこり微笑んだ私に、彼の瞳が輝く。
「ぼんやりしちゃって、ごめんなさい。自分でできます」
私の声に安心したような柔らかな笑みを見せた颯ちゃんは、ふと視線を落とした。
私の手元の手紙に気づいたようだった。
「一香さん、それは?」
「これは、先ほどお客様から預かりました。颯ちゃん宛てのお手紙です」
「僕に? 手紙? ありがとうございます」
颯ちゃんは手紙を受け取ると、手紙の裏面に書かれてある差し出し人を見た。
「佐伯彩乃……さん……」
颯ちゃんがぽつりと呟いた。
そして、それ以上、何かを発することもない。
私は今、彼を取り巻く色が見たいと思ってしまった。
だって、彼は大抵のことはポーカーフェイスで、何を考えているのかわからないから。
「この方は、なんて?」
そっと颯ちゃんが訊いた。
「お店に来られた方は、彩乃さんのお姉さんでした。妹さんから預かったお手紙を颯ちゃんに届けたいと仰っていましたが、今日はお休みをいただいていると伝えると、また来ますと言ってお手紙だけ残して帰られました」
「そうでしたか」