ガラス張りの店内を覗く彼女に「どなたかお探しですか?」と問うと、彼女は申し訳なさそうに眉を寄せて言った。

「す、すみませんっ。お店の中を勝手に覗きまして」

「いえ、大丈夫ですよ?」

「実は、三ツ井颯也さんにお会いしたくて……」

 ドキリとした。

 颯ちゃんの名前が突然出たことで、彼の顔がパッと頭の中に浮かんだから。

「颯ちゃ、いえ、三ツ井は、本日お休みをもらっていまして」

「そうでしたか。ていうか、そうですよね。今日は定休日だとお聞きしたばかりなのに。うっかり、すみません! では、これを渡していただけますか? 妹から預かってきた手紙なんです」

 彼女はキャラメル色の革のバックから、白色の封筒を取り出した。そこからほんのりと甘い匂いがする。

「承知いたしました」

 私は手紙を受け取ると、深く頭を下げる。

 彼女は、最後に自分と妹さんの名を告げると、柔らかな笑顔を見せた。

「では、また来ますね」

 そして、色素の抜けた髪をさらりとなびかせて、商店街を去って行く。


 手元に残され文から、良い香りがする。
 きっと文と一緒に文香が入っているのだろう。

 文香とは、少量の匂香りを和紙に封じ込めたものだ。
 手紙に同封したり、名刺入れに入れたりすれば、ほのかな移り香が、相手に届く。

 手紙にさりげなく添えられた文香は、相手に好印象を与えることが多い。
 封はゆるく閉じられているため、持った瞬間、相手の心を掴まえる手紙だと思った。

 この手紙を持ってきたのは、佐伯雪乃さん。
 この手紙を書いた方は、妹の佐伯彩乃さん。

 妹の彩乃さんは、颯ちゃんに手紙を送るほどの仲ということになる。
 先ほどの洗練された大人の女性、雪乃の妹さんである彩乃さんは、どんな人だろう……と思ってしまった。

 太陽が残していった光の粒が、商店街の所々で弾けては消えていく夕暮れ時、私はチクリと痛む胸を抱えながら、小さくなる雪乃さんの背中を見ていた。