大学生の頃から、祖父母が大切にしてきた店を愛し、守ってくれた颯ちゃんに、祖母は特別な感情を抱いている。きっと孫のような存在なのだろう。
祖母を取り巻く桜色が珍しく揺れ動いている。ゆったりと揺れ動く色は、可愛い、愛おしいと言う感情の揺れ方とよく似ていた。
「そういえば、今日、颯ちゃんは? お休みだっけ?」
水曜日の今日、やわらぎ聞香処は定休日だ。
「今日は、虎次郎さんのお寺まわりについていくって言ってたわ」
「颯ちゃん、ちゃんと休んでる? ちょっと働きすぎじゃない?」
「私もそう思て言うんやけど、これは労働やないんやて。休日に、虎次郎さんから勉強させてもらってるって言うてたわ。淡路の幸定さんにも言われたそうや。“京都に行っても気を抜くなよ。毎日香りのことばかり考えろ。それが香司やって。”僕、もっと香りの勉強がしたいんです”って、にこにこしながら言われてしまったら、私は何も言えんくなるんよ」
祖母は颯ちゃんの何事にも動じず、笑顔でするりとかわす攻撃にめっぽう弱い。
「そろそろ令月香も閉店の時間やな。一香、暖簾外してきてくれるか」
「はーい」