「断られたら、他の人を頼もうと思ってね。ダメもとで頼んだんやけど、ほんまに来てくれるとは思わへんかったわ」
「いや、あの手紙を読めば、大抵の方は来ると思いますが……」
「何書いたの! おばあちゃん!」
私の声に、ぺろりと舌を出した祖母は、ウインクでもしそうな表情で言った。
「ちょうどその時、虎次郎さん、足腰を痛めてはったでしょう? だから『虎次郎さんが体を悪くしてしまって、人手が足りなくて困っている。夏からは虎次郎さんが楽しみにしていた聞香カフェも開く予定だったのに、このままでは開業できるかわからない。三年だけも、いえ、一年だけでもいい。お手伝いをしてもらえないかしら……ツラツラツラ』と」
えへへと笑ってごまかす祖母の隣で、京料理を頬張る祖父。
祖父は昔も今もとても元気だ。
七十歳という年齢分の痛みはあるだろうが、ひどく足や腰を痛めているという話は今まで聞いたことはない。
日本酒をくぃっと飲んでから、颯ちゃんを見ずに、祖父は言った。
「わしはこの通り元気や。帰りたければ、帰ればいい」
「いえ、自分の意志で京都へと戻ってきましたから。これからよろしくお願いいたします」
颯ちゃんの声に、祖父は満足そうに微笑んだ。
それから二人は、鴨川から吹き込む涼やかな風を頬に受けながら、お酒を飲んでいた。
私はジュースを片手に、颯ちゃんを見る。
夏の夜の月明かりに照らされた颯ちゃんは、いつもよりも大人の男性に見えた。