コンコンチキチン、コンチキチン。
学校が終わった私は、今日も祇園囃子を聞きながら商店街へ帰ってきた。
寺町商店街のアーケードには、たくさんの提灯が飾られ、静かに祇園祭を楽しんでいる。
今日も飾られた提灯を眺めながら、令月香に帰ると、大きなガラス張りの入り口から、あの人が立っているのが見えた。
大島紬のアンサンブルを着て、涼やかに立っている男の人を見ただけで、胸の鼓動が早くなった。
制服の上から臓に手を当てて、ふうと息を吐きだす。
心を落ち着かせてから、暖簾をくぐって店内へ入ると、優しい香りがした。
普段の香りとは違うこの香りは沈香(じんこう)。
今日の香りは彼のセレクトだろうか。
広い空間に香りを漂わせる空薫(そらだき)から零れる香りは、普段の彼から漏れる香りと同じで、私の胸がまたトクンと鳴りだした。
「一香さん、おかえりなさい」
にこりと微笑んで、彼が言った。
今までたくさんの“おかえり”を聞いてきたけれど、この人の声色にかなう人はいない。
令月香の勘定台に立っているのは、私の初恋の人、三ツ井颯也さんだ。
私は九つ年上の彼を“颯ちゃん”と呼び、彼は年下の私を“一香さん”と呼ぶ。
それは、私はこの店、令月香の孫娘だから――。
私が小学生、そして彼が大学生の時から、私たちはお互いのことを知っている。
長期休みになるたびに京都へ来ていた小さな私を、大学生の彼はかわいがってくれた。
そしてその愛は、今も続いているように思う――。
でも、その愛情は――……。