「離婚してから母親は、変わりました。泣かなくなり、とても優しくなりました。しばらくして、一緒にアイスクリームを食べました。甘くて美味しかったけれど、実は僕、不思議な気持ちだったんです」
「不思議な気持ち、ですか?」
ふと私が問うと彼が優しい笑みを添えて言った。
「はい。あの時の僕は、本物のアイスクリームより、匂い袋の香りのほうが甘いと思ってしまったんです。アイスクリームを食べるより、この香りに包まれていた時間のほうが幸せだと感じたんです……」
「そうでしたか……」
全てを包み込むような微笑みで、颯ちゃんが言った。
私はそんな颯ちゃんの隣で思っていた。
毎日泣いていた母親が泣かなくなり、優しくなった世界は、彼にとってどれほど甘くて幸せだったのだろう。
幼い彼は、この幸せを運んできてくれたのは、祖母がくれた匂い袋だと思ったのかもしれない。
そして、大人になる前に、あの香りと温もりに包まれて、最高に幸せだと感じた子ども心を、もう一度思い出したくなったのかもしれない。
――きちんと思い出にするために。
「当時の気持ちに出会えてよかったです……。本当にありがとうございました」
彼は頭を下げ、バニラの匂い袋を抱きしめて帰って行った。
彼の体をまとう色は、穏やかに揺らめいていた。