匂い袋の入った包み紙を持つ彼から、ほのかにバニラの香りがする。ほんのり甘くて、心地よい香りだった。
彼は視線を落としたままポツリポツリと話し出した。
「父と母は……、身分違いの恋だったんです。母は親戚中から厳しい目を向けられていました。何をやっても認められない日々を過ごしていた母は、あの家が苦しくなり、出て行くことに決めました。母は、僕だけでも真っ当に育てて、父方のほうへ置いていくべきだと思っていたようです。それで、必要以上に厳しく……。
けれど、僕は母についていくことを選びました。甘いお菓子が食べられなくても平気でした。祖母に買ってもらったこの匂い袋があったから。僕はお菓子が食べられないことよりも、ずっと泣いていた母親を一人にしたくなかったんです」
全てを思い出したかのように健さんが言う。
いや、本当は覚えていたのかもしれない。
今まで誰にも話せなかっただけで。彼の心のわだかまりがとけいていくのは、きっとこの甘いバニラの香りのおかげだろう。
健さんは甘い香りに包まれて、話を続けた。