もしかして……そう思った時、匂い袋から零れる香りに吸い寄せられるように、健さんが近づいてきた。

 そして、颯ちゃんの手からそれを持ち上げると、彼の目にうっすらと涙が溜まっていく。

「これだ……。この香り……、祖母がくれた匂い袋と同じだ……!」

 彼はその匂い袋を両手で抱きしめるように持って言った。

「その香りは、和バニラの香りです」

 そっと颯ちゃんが言った。

「和バニラ……?」

 彼は、その匂いの名を初めて知ったようだった。私もその香りの名を初めて知った。和バニラの香りなんてあるんだ……。

 甘いバニラの香りが鼻先をくすぐっている。甘いお菓子を手にしているような錯覚に陥るその匂いを抱きしめて、彼が呟いた。

「この匂い袋、いただきます。母と祖母の分も合わせて、三つ」

 会計に立つ彼に笑顔が戻っている。

 健さんに匂い袋の縁が戻った。

 それは、縁戻しの神様のおかげなのだろうか。それとも颯ちゃんのおかげなのだろうか。

 そんなことを考えていると、会計をすませた健さんが戻ってきて、私たちは店舗を出た。

 商店街へ戻ると、店の前で待っていたはずの恭太郎はいなくなっていた。