「僕は昔、京都に住んでいましたが、両親が離婚し、小学校に入る前に京都を離れました。母親と二人で暮らしていた小学生の僕は、引っ越し先でも祖母からもらった匂い袋を大切にしていました。一時も離したくなかった。けれど、しばらくして、なくしてしまったことに気づいたんです。探しても探しても見つからなくて……。
子供心に、京都へ帰った時にまた祖母に買ってもらおうと思っていたのですが、母親の意向でこの十五年間、京都へ帰ることはありませんでした。そして、最近、小さな僕が若い祖母に“匂い袋を買ってほしい”と泣く夢をよく見るので、ひとりで京都へ来て、匂い袋を探していたんです。そこで令月香のお嬢さんと出会いました。
けれど、やっぱり難しいですね。京都へ来れば同じ香りと出会えると思っていたのですが、まだ同じ香りの匂い袋は見つけられません……」
健さんの話を聞き終わった颯ちゃんは、アイスコーヒーを一口飲むと、健さんに向けて言った。
「その香りの名前をご存じですか?」
「いえ……」
「では、どんな匂いでしたか?」
「それも、忘れてしまって……」
「そうでしたか。では、その匂い袋を大切にしていた理由は、思い出せますか?」
「大切にしていた理由……ですか?」
「はい。あなたはその匂い袋を一時も離したくなかったと仰いました。どうしてそれほど、大事に思っていたのでしょう。祖母との思い出、という理由だけのようには思えないのです」