「恭太郎……割烹着は脱いだ方がいいと思うんだけど」

「そうやな。割烹着が汚れる」

 割烹着姿が恥ずかしい……という理由じゃないんだ。と思い、笑いながら恭太郎と一緒にバスに揺られている。

 割烹着を脱いだ恭太郎は私服姿になったけれど、私は着物姿のままだ。

 けれど、ここは京都。浴衣姿、訪問着姿の女性は、それほど珍しくない。
 恭太郎も私の着物姿は見慣れているみたいで、いつも通り接してくれる。 

「つーか、一香は、どの思い出を取り戻したいわけ?」

 恭太郎が外を見ながら言った。乗り物に乗ると目を合わさないのは、恭太郎の癖だと思う。

「ううん。私のことじゃないの。さっき、お客さんがね、思い出の匂い袋を探しているっておしゃって。ウチにはない香りだったから、ちゃんと見つかったらいいなぁって思って。でも、京都には匂い袋を売っているお店がたくさんあるでしょう? だから、出会えないかもしれないって思っちゃって、ついあんなこと……」

「その客に、思い出の匂い袋との縁が戻るようになんて、一香のお人よしも度が過ぎるな」

 呆れるように呟かれた。

「そんな私につきあってくれる恭太郎のほうこそ、お人よしすぎるよ」

「俺は別にええねん。暇してたし」

 全然暇そうじゃなかったよ。割烹着着て、仕事モードだったのに……。

 今頃、美津子おばさんが怒ってなかったらいいな。もし怒っていたら、私からちゃんと謝らなくちゃ。そう思いながらも、私は、恭太郎にお礼を言っていないことに気づいた。ちゃんと言わなきゃ。

「恭太郎……、ありがとう」

「おう」

 恭太郎は、窓の外を見ながら返事をした。