大切な香りを忘れてしまう。そのことを後悔している。

 その気持ちは、私にもよくわかる。

 私も颯ちゃんからもらった香りを忘れてしまったからだ。

 きっと同じ匂いに出会えたら、思い出すと思うけれど、なかなか同じ匂いに出会えない。その香りが大切な思い出とセットなら、なおさら悲しい。

 彼の心の痛みが、私の心にも響くようだった。

「話を聞いてくださって、ありがとうございました」

 彼は祖母に頭を下げた。

 きっと「令月香」の匂い袋の中にも、彼の探している香りはなかったのだ。

「いえ、お役に立てませんで」

 申し訳なそうに頭を下げる祖母に、彼は首を横に振って、店を出た。