着物に着替え終えた私は、店舗に立った。今日は祖母もいてくれる。

 令月香は、硝子張りになっていて、店の中から外の様子が伺える。

 商店街を歩く人々や、店に入ろうか悩んでいる人々など、ぼんやりとその姿を見ていると、大学生らしい男性が暖簾の前で立ち止まった。

 短髪の黒髪に、皺ひとつないブルーのシャツにジーンズ、背中には黒のリュックサックを背負っている。“好青年”という言葉がよく似合う爽やかな青年だった。

 何の店だろう? といったふうに店内を覗いて、香専門店だと分かった途端、踵をかえす若い男性客は多い。自分には必要のない店だと感じるのだろうか。

 けれど、今、店内を覗くその男性は立ち止まったままだ。


 少しすると彼を取り巻く麻木色がふんわりと大きくなった。
 右側に静かに揺れ動いて、柔らかな色に変わっていく。

 その色は、「懐かしい」と言っていた。

 彼の色が、表情が、懐かしいと、囁いている。

「いらっしゃいませ。お気軽にどうぞ」

 白木の引き戸を開けて、祖母が彼に声をかけた。

 扉が開くとふんわりとお香の匂いがするこの店の中へ導かれるようにして、彼が足を一歩踏み入れた。

 お香、線香、香木、和紙や文房具、筆やポストカードなども置いてある。和の雑貨店とも思えるこのお店の中をゆっくりと歩く彼は、何かを探しているように見えた。

 ややあって、彼が祖母に話しかけた。

「すみません。……匂い袋はありますか?」

「こちらです」

 祖母はお香コーナーへ彼を導き、ひとつひとつ丁寧に説明をした。

 匂い袋は、大きさや柄が違うこと。それぞれ匂いも違うこと。和風な香り、洋風な香り、季節の香り。うちではこの三種類を作っていること。どの匂い袋も良い香りだが、お客様の体調や季節によっても、香りの好みは変わるということ。

「プレゼントですか?」