香道において、香りは“嗅ぐ”ではなく、“聞く”といい、通常、聞香には様々な作法や手順を必要とするが、このカフェでは、あえて省略することになっている。

 気軽に聞香を体験してもらいたいという、香司である祖父の提案で、高木を焚いた電子香木を用いて香りを聞いた後は、香りの余韻に浸りながら、ゆっくり過ごせる場所にするようだ。

 自分だけの特別な空間を運んでくれる香りと、和菓子。

 その二つが合わされば、気持ちが和らぐ場所になるのではないかと、祖父は考え、この店を作ることにしたそうだ。

 優しい場所、柔らかな場所、

 そして、穏やかな場所でありますように……。

 そんな願いを込めて、祖父は、この店を“やわらぎ聞香処”と名付けた。

 “やわらぎ聞香処”がオープンすれば、しばらく私はそちらのほうを手伝うことになっている。

『夏からは、人手も増える予定やし大丈夫や。安心して』

 そう祖母は言うけれど、本当にうまくいくのだろうか。私はもっと聞香のことを勉強しておかないと、と思った。