京都やわらぎ聞香処(もんこうどころ)


「……東京へ戻るのですか?」

 話を全て聞いた後、そっと颯ちゃんが問うた。

 柔らかな太陽の光を頬に浴びる。秋の清々しい空気はいつもよりも清潔な気がした。

 私はその空気の中で、首を横に振った。そして、彼を見つめて言った。

「私は戻らない」

 東京へ行って、初めてわかった。誰の想いでもなく、私自身の気持ちが。

「私は京都にいたいって、過去へ帰って、ちゃんとわかった――」

 いつでも、どこでも、香りが私の本心を教えてくれた。

 私の暮らしやすい場所は、ここ。祖父母と彼がいてくれる、ここ、京都なのだと。

 両親は納得してくれた。『あんなに幼かった一香をここまで成長させてくれたのも、優しいいい子に育ったのも、あの場所のおかげやな』父と母はそう言って、最後にハグをして帰ってきた。

『今度のお正月は京都に遊びに行くな。その時は、いろいろ観光地巡りがしたいなぁ』と、そんな話をすることもできた。嬉しかった。東京へ戻ってよかった。過去へ帰ってよかった。

 そう頭に巡る言葉のまま颯ちゃんに伝えた。彼は弓なりに優しく目を細めて話し出した。

「では、ご両親がこちらへ来られた際は、僕もご挨拶に伺いますね」

「ご、ご挨拶?」

「この土地で一香さんを守っていくと、これからも守っていきたいと、きちんと言うつもりです」

「それって……どういう意味ですか?」

 彼の言葉の真意がわからなくて問うた。

「それは……あなたが十八歳になったらきちんと伝えます」