京都やわらぎ聞香処(もんこうどころ)


「私にはこれがあるから大丈夫だよ?」

 そう言って、手首を見せた。そこからは彼からもらった塗香の香りがする。

『辛いときは、目を閉じて、香りだけを感じて――』

 そう言ってくれた彼の言葉を思い出す。これからも悩んだときはそうするよ?

 いろんなものが見えてしまう私に、私自身の心を、願いを、伝えるために、目を瞑って、香りだけを心で聞いて、自分の本心と向き合うよ。

「ええ」
 そっと彼が笑った。

 ああ、あなたと出会えてよかった。初恋があなたでよかった……。
 颯ちゃん、ずっとずっとありがとう……。

「そろそろ行ってくるね」
 そう告げた時、彼がゆっくりと口を開いた。

「一香さん、これを」

 ふと彼に手紙を持たされた。

「何?」

「僕はあなたの気持ちを尊重しますと言いましたが、これは僕の……気持ちです」

「え」

「本当は渡すかどうか迷っていたのですが、一香さんの香りを聞いて、僕も本心を伝えたくなりました」

「本心?」

「邪魔になりましたら、捨ててください」

「す、捨てないよ! 颯ちゃんからの手紙を捨てるわけないじゃんっ」

「ははは。元気そうでよかった」

 私の焦った声に彼が笑う。日常が戻ってきてくれたみたいで嬉しかった。

「じゃあ……。新幹線で……読むね?」

「ええ」

「行ってきます」