「なんで抱っこしてんの! 一香だけずるいっ! 日菜子も! 日菜子も!」

 日菜子ちゃんはそう言うと、私と颯ちゃんの間にスポンと入った。

 そして彼の体に手を回し、胸に顔を埋める。しばらくそうした後、キッとつりあがった目だけをこちらに向けて言った。

「やっぱり、一香泣いたんやろ? 颯ちゃんは紳士なんやから! 泣いたらよしよししてくれるんやから! だから絶対颯ちゃんの前で泣いたらあかんねんでっ!」

ビシッと指をさして言われてしまって、私は思わず吹き出す。

なるほど、そういうことだったんだ。

「もうっ! そんな風に笑ったらあかんっ! 一香は日菜子に似てるんやで! 可愛いんやで! そんな顔して泣いたり笑ったりしたらあかんっ!」

 真っ赤なタコのような日菜子ちゃんの言葉に半分驚いたけど、私は「うん」と頷く。

「それもあかん! 素直な一香もあかんっ! もうここにいたら心配や。颯ちゃん、早く帰ろう? 今日一緒に淡路に帰ろう?」

 宝石を詰め込んだようなキラキラした瞳でそう言われ、颯ちゃんはまたたじろぐかと思った。けれど、颯ちゃんは全く動じることもなくきっぱりと言った。

「俺は帰らへん」

 普段、僕を使う彼が初めて「俺」を使った。彼の心の中の少年と同化したのかと思った。

「ここで、京都で暮らすって決めたんや」

「……でも……」

「日菜子は淡路が好きやろ?」

「うん……」

「だから、またおいで? いつでも待ってるからな」

「わかった。じゃあ、颯ちゃんも時々淡路に帰ってきてな。その時は、悔しいけど、一香も連れてきていいからな」

 膨れているのに、可愛いことを言ってくれる日菜子ちゃんの頭をよしよしすると、「日菜子によしよししていいのは、颯ちゃんだけっ!」と怒られた。