「恭太郎、あのさ、颯ちゃんってさ……」

「また颯也の話か」

 ツンと外を見続ける恭太郎。
 記憶力のいい恭太郎は、颯ちゃんのことを覚えている。

 恭太郎の記憶の中でも、颯ちゃんは大学生で、令月香の聡明なアルバイトだったという思い出だ。

「今、なにしているとか、どこにいるとか、おじさんやおばさんから聞かない? おばあちゃんに聞いても“わからんなぁ”って言うだけで、何も教えてくれないんだよ」

「そんなもん、聞かんわ。もう結婚でもしてるんちゃうか?」

「け、結婚⁉」

 思わず大声が出てしまった。

 人に興味のなさそうなあの颯ちゃんに、お嫁さんと子どもがいるなんて考えられない。そして、あの広い背中にお嫁さんや子どもを乗せたと思うだけで、涙が出てくる。

「な、なんやんねんっ。それくらいで泣くなよ」

「泣いてないから」

「でも、俺らよりも十くらい上やろ?」

「九つです」

「十も九も変わらんやろ? てことは、今は二十六? 二十六なんて、おっさんやん。結婚して所帯持っててもおかしない。一香はさっさと忘れろ。あきらめろ。ちゃんと現実見ろ」