「……」
「ですが、京都へ来ても僕は人々の負の香りがわかってしまう体質に苦しんでいました。ある日、僕はどうしようもなくなって、町の片隅で蹲っていました。その時、虎次郎さんに助けられたんです」
「おじいちゃんに?」
「ええ。虎次郎さんは、「まだ生まれたてみたいな若造のくせに、世界の不幸を全部引き受けたような顔をしてるから、ほっとけへんかったんや」と言いました。そんな虎次郎さんからは全く負の香りがしなかった。僕はそのような人と出会ったのは初めてで驚きつつも、「全部吐き出せ、若造」と言われて、もう二度と会わない人だから、自分の苦悩を全て話そうと思いました。
長い話を虎次郎さんはずっと聞いてくれ、「苦しい」という僕に「ほな、しばらくここにいたらええ」と言ってくださいました。そして、令月香へ連れて行かれ僕は驚いた。虎次郎さんの奥さんの香りにもまったく雑味がなかったからです。そして、なにより、もっと香りの美しいな子が現れた。
その子があなたです。一香さん――」
「……私?」
「はい。あなたからも悲しみ、苦しみという香りは届きました。けれど、その香りが悪臭ではなかったのです。そんなことは初めてだった。僕は初めてこの場所で心を許して生活することができました。アルバイトに雇ってもらい、令月香で日常の大半を過ごしました。
力による日々の悲しみや苦しみは、全部花さんが聞いてくれた。僕の力を香司という職業にいかすことができると虎次郎さんが教えてくれた。
そして僕は初めて「生きている」と感じたのです。
そして、この場所でなら、僕らしく「生きていける」と思ったのです……」
