この石段には、颯ちゃんとの思い出がつまっている。

 あれから私は、颯ちゃんからもらった匂い袋ずっと持ち続けて暮らしてきた。 

 また颯ちゃんに会えた時、「嫌なことは見ないようにしているよ?」「最近は、それほど心を痛めなくなったよ?」そう報告しようと思っていたのだ。

 けれど、中学生になって京都に帰省すると、大学を卒業した颯ちゃんは、アルバイトを辞めていた。それ以来、颯ちゃんが「令月香」に来ることはなかった。

 それでも私は、颯ちゃんのことを想っている。もう一度、颯ちゃんに会いたいと願っている。

 もう京都にいないのかな? どこか遠くに就職しちゃったのかな?
 もう颯ちゃんには、会えないの……?

 私は、鞄につけている若草色の匂い袋を見た。
 匂い袋の効力は約半年。もうここから、あの時の香りは届かないけれど、この匂い袋は私の大切なお守りなのだ。

 キュッと握って、神社を見上げて「行ってきます」と小さく言った。

 休日、石階段を登って境内をお参りしよう。また颯ちゃんに会えますように……と願いをかけよう。

「一香、お前、何してんねん」

 知り慣れた香りと共に、背後から声がかけられた。

「えっ、恭太郎……」

「いつもより遅く出て来たけど、なんでこんなとこで出会うねん」

 はあ……と大きくため息をついて、恭太郎が私を追い抜かしていった。

「はよ行かな、遅刻やぞ」

「う、うんっ!」



 電車に乗り込んだ私は、隣に立つ恭太郎を見上げる。
 颯ちゃんほどではないけれど、恭太郎、背が高くなったなぁ。初めて出会った時より五センチくらい伸びた? いや、もっとかな?

「なんやねん」

 ぶっきらぼうに外を見ながら恭太郎が言う。

「恭太郎、大きくなったなって」

「なんで母親目線やねん。お前がチビなだけやろ」

「そんなことないよ! 高校に入ってから、二センチくらいは伸びました!」

 フンと鼻で笑われてしまった。
 その横顔は、大人の男の人の陰りを見せて、私はまた颯ちゃんを思い出してしまう。