三方を山で囲まれた盆地の京都の夏は暑い。
夕方になり、痛いほどの光の束はなくなったが、足元から伝わるアスファルトの熱はまだ重く蒸し暑く、通り抜ける風もほんのり生ぬるい。
そんな中私たちは、「香りのさんぽ」がある香老舗、松栄堂さんへ来た。
「香りのさんぽ」とは、老舗お香専門店、松栄堂さんが作られた薫習館にある香りのテーマパークだ。
店内に入ると、冷房の効いたひんやりとした空間の中に「香りのさんぽ」と書かれた看板が見えた。
「わあ! なにこれ! 素敵!」
香りのさんぽと題された空間には、天井から下がる白い箱の中が三つあった。
「ここに入るん?」
「そうみたいやな」
日菜子ちゃんは颯ちゃんに抱っこされたまま香りボックスの中に入った。
「わあ! いい香りがする~」
香りボックスの中には香りが用意されている。白いボックスは三つあり、それぞれ違う香りを聞くことができるのだ。
「日菜子はこの香りが一番好き!」
様々な香りに触れると、自分の好みの香りがわかってくる。
“香りのさんぽ”は、聞香よりも気軽な香り体験なのだ。
「香りって、ひとつひとつこんなに違うんや……」
日菜子ちゃんはそう言って、様々な香りを聞いている。うっとりとその香りに酔いしれる時もあれば、ウッと顔をしかめる時もある。その姿に私は小さく笑ってしまった。
日菜子ちゃんは”香りのさんぽ“を満喫している。今はタブレットを見ながら香りのクイズに答えている。
日菜子ちゃんの横顔はお母さんに似ていた。後、十年もすれば、町で一番の美少女になるのだろう。その時、彼女は十七歳。今の私と同じ年になる。