「いえいえ。お電話でご連絡をいただいた時から楽しみにお待ちしていたんですよ」
「ありがとうございます」
「あら、お父様は?」
「申し訳ありません。私たちを下ろしてから、急な仕事の連絡が入って出て行ってしまって。落ち着いたらこちらに来ると思うのですが」
「あらまぁ、そうでしたか。お仕事が大変な時はどなたもでありますものね。ではお母さまは奥でゆっくりしていってください。積もる話もありますし」
祖母は、店の前の看板を支度中に変えて、店内に入って行く。
颯ちゃんママが「ほら、日菜子も行くよ?」と声をかけたが、ふくれたままの日菜子ちゃんが動き出す気配はない。
「日菜子は組香に行くって決めたからっ」
「日菜子」
「行きたい! 日菜子もそうちゃんと同じことしたいっ!」
もう自分でも後に引けない感じなのかもしれない。私は意地っ張りな日菜子ちゃんを可愛いなと思いながら、助け船を出そうと思った。
「それなら、松栄堂さんとこの“香りのさんぽ”に行ってみたらどうかな?」
「かおりのさんぽ?」
きょとんとした目で日菜子ちゃんが言った。
「そう。今月の組香はもう終わちゃって、来月までできないから。組香とは違うけれど、お店の中で香り体験ができるところがあるんだよ?」
「そこってステキ?」「すごく素敵だよ」「組香より?」「おなじくらい素敵だと思うよ」「じゃあ、そこで許してあげる」ツンと唇を尖らせてから、頬を赤く染める日菜子ちゃん。
納得してくれたことにホッとしてから「二人で楽しんできてね」と言うと、日菜子ちゃんは私の服の袖をひっぱって、「一香も一緒に来ていいけど」と言った。