組香を勉強しながら、店番をしていると気づけば夕方になっていた。

 そろそろ閉店準備をする頃だ。

 静かな夕暮れ時、私は後片付けにとりかかろうと、竹帚を持って外へ出た。
 アーケードの奥の空がうっすらと朱色になっている。これから空はもっと朱色に染まり、夕焼け空へと変わっていくのだろう。

 色を変えようとしている景色の中から一人、若い男の人が歩いてくるのが見えた。

 背筋の伸びた着物姿の彼は、私の店主。令月香の立派な香司だ。
 その姿を見つけて、「おかえりなさい」と声をかけたくなった。

「そうちゃん!」

 その時、のびやかでいて、高い声が商店街に響いた。

 私が彼を呼んだわけではない。
 不思議に思った瞬間、色素の薄い茶色の髪をなびかせた小さな女の子が私の横を走って通り抜けた。

「そうちゃんっ!」

 その子は瞳を輝かせ、まっすぐに彼に向って走っていく。

 夢を見ているのかと思った。タイムスリップしたのかと思った。

 あの子の姿は、颯ちゃんだけをただ真っ直ぐに見つめて走っていく十年前の私にそっくりだったのだ。

 突然現れた少女に、颯ちゃんは一瞬、面食らったような顔をした。けれど、すぐに口元をふわりと緩ませて、「日菜子」と言った。