*

「あれから青木さんたちは、ご自宅へ戻られたのでしょうか?」
「そうかもしれないですね」

 あの日から数日が経った八月十六日、私と颯ちゃんは、五山の送り火を見に来ている。

 八月にお迎えしたご先祖さまは、今日この日、五山の送り火と共にあの世に帰られるのだ。

 五山の送り火を見るために集まった人の数は数万人ともいわれており、京の町は、五山の送り火を一目見ようと集まった人たちでごった返している。

 八時になり東山に炎が点火され、大の字が浮かび上がると、あちらこちらから歓声が上がった。

 私と颯ちゃんは、目の中で燃ゆる炎を見つめ続けていた。

 私は大の字の形をした炎を見ながらもずっと、さなえさんのことを想っていた。

 さなえさん、青木さんと、幸せな時間を過ごせたかな……。

 きっと、過ごせたよね……。

 命のない人に色が見えたのは、初めてだった。

 それでも私は怖いなんて思わない。

 ラベンダーのお香を彼に届けたいと願う彼女の強い思いが、私に彼女の色を見せたとしても、ただ私に不思議なことが起こっただけだったとしても、私は彼女と出会えたこの夏を忘れたくないと思った。

 彼女の笑顔を思い出しながら、点火された大の字を見ていると、立ち上がる煙の中に、うっすらと見覚えのある色が見えた気がした。

「あ……」

「どうかされましたか?」

 ふと漏れた言葉に、隣の颯ちゃんが問うた。

「ううん……なんでもない」

 そう言って、私は首を横に振る。

 ふわふわと揺れ、薄くなって消えていった薄紫色が見えた気がしただけ。

 その薄紫色は、今まで見た薄紫色の中で、一番穏やかな色のように見えただけ。


『会いたくても、会えない人に、会えたから』

 ふと耳に届いた美しい声は、一体誰のものなのだろう……

『ありがとう……。また来年、会いに来るから』

 その声は、私だけに聞こえたのだろうか。

 いや、きっと……青木さんにも届いているはずだ。